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確かに中々すごかった。
地上五メートルほどまで降りたエアカーのドアが大きく開く。螺旋階段がシュルシュルとDNAのように伸び、歩道のアスファルトまで降りてきた。
安いエアカーの昇降設備は縄梯子だから、それだけでもこの車は高級仕様だ。
車から現れた新郎新婦を、カメラがアップで捉える。
「新婦、鈴木ひみこさんに間違いありません!」
鈴木ひみこ十八歳。成人を迎えて間もない。
彼女を知らぬ日本国民はいるだろう。が、頻繁に交代する日本国大統領よりは知られている。
日本を中心とした配信視聴者五千万人の目に映るのは、背中まで伸びたまっすぐな黒い髪と細い吊り目。よく見る東アジア人の顔。お世辞なら美人と呼んでもいいが、絶世の美女というわけではない。
注目の少女、鈴木ひみこは、即席螺旋階段を一歩一歩下った。茶色いスーツケースを両手に抱え、おぼつかない足取りでゆっくり進む。新郎は幼い新婦の一段下に立ち、長い腕を彼女の細い腰に伸ばして添える。
「あのケースに入っているのは、花嫁衣裳か、それともハネムーン用の荷物でしょうか?」
レポーターもカメラマンも首をかしげる。花嫁衣裳は事前に式場に送るだろうし、今どきハネムーンにあんな荷物はいらない。
しかし(鈴木ひみこなら、そんなもんだろう)と、カメラマンがレポーターの脳内チャンネルに返信した。
鈴木ひみこなら「そんなもの」なのだ。彼女は普通の日本人ではないから。
工事の柵に囲まれた教会前の歩道に新郎新婦が降り立つと、螺旋階段はシュルシュルとエアカーの中に折りたたまれる。
空のカメラが降下して、地上の二人に蚊柱のごとく群がった。
「ひみこさん! 今のお気持ちを!」
バリケード越しにレポーターが叫ぶが、ひみこは答えない。微笑む余裕すらない。俯いたまま茶色いスーツケースを転がして、教会の敷地に脚を入れた。
彼女が日本国民、そして日本文化フリークの注目を浴びている理由は、顔でも能力でもなかった。
二十二世紀後半。
日本列島には前世紀と同様、一億三千万人が暮らしていたが、日本語を母語として育った人間は、鈴木ひみこと彼女の両親の三人しかいなかった。
鈴木ひみこは、前時代的な意味での「日本人」最後の花嫁だった。
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