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謎の男
二ノ坂冬麻の実家は個人経営の居酒屋だ。でも、社会情勢や、チェーン店の急激な台頭などにより、経営が傾いた。銀行にも見放され、資金繰りがにっちもさっちもいかなくなって多額の借金を抱えたまま、廃業寸前まで追い込まれた。
冬麻は十八歳。調理師免許と高校卒業資格を取得できる専門学校を卒業したら、内定を貰った都内のミシュラン一つ星の店で料理の勉強をしようと思っていたのに、店側から「突然で悪いが、こちらの事情でうちでは雇えなくなった。他に就職先を探してくれ」と言われてしまった。こんな卒業目前になって仕事を探すことになるなんてと途方に暮れていた。
そんな最悪の状況下、男は突然やってきた。
暖簾のかかった店の入り口は狭ぜましく、長身の男はそれを屈んでくぐり抜けて、店内に入ってきた。
「すみません」
ものすごく顔の整った男が、高級そうなスーツを身にまとい、最強の営業スマイルを繰り出してきた。
「少しお話いいですか」
男は有名なフランチャイズを中心とした飲食店経営企業の代表取締役社長の名刺を差し出し「久我朔夜です」と名乗った。
今、店は準備時間なので、冬麻と冬麻の父親の二人しか店にはいなかった。父親と顔を見合わせて、何事かと状況を推し量る。
「あの、こちらのお店に融資させていただけませんでしょうか」
久我の話は願ってもないことだ。
一瞬だけ父親と二人で喜び勇んだが、そんなうまい話があるわけがないと、再び気を引き締める。
「どうして、ウチなんですか。自分で言うのもなんなんですが、ウチはもう潰れかけで……」
「大丈夫です。我々の企業ノウハウもお教えしますから。必ず再生出来ますよ。今滞っている借入金はこちらで全てお支払いしますし、融資の際の金利も限りなくゼロです。ただ、どうしてものんでいただきたい条件があるんです」
やけに真剣な目つきだ。そしてうまい話には裏がある。やっぱり何か条件があるようだ。
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