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いつか会いに来て
楽しい時間を過ごすはずだったが、俺の心には靄がかかったままだった。
昨日はあんなにログインするのが待ち遠しかったのに、今日は気が重く躊躇っている。
それでも、ジュンが待ってる以上、行くしかあるまい!
いつもの宿屋からゲームスタート、案の定ジュンは居ない。
パーティーは組んだままだし、とりあえずチャットで居所を確認するか。
ジュンから森でスライムと戯れていると返信が入った。
多分、レアアイテム狙いだろう。
「ただいま、サーチィさん」
『おかえりなさい、ワルタ君・・・声が暗いですが何かありましたか?』
そんなに暗い声を出したつもりは無かったのだが、サーチィさんには見透かされているような気がする。
俺は今日、ジュンのお母さんに言われた事を町を歩きながらサーチィさんに話した。
『そんな事があったんですか・・・』
「俺は姿は違えど、毎日ジュンに会えるから死別の悲しみ、苦しみ、寂しさからすっかり解放されています。でも、このゲームが無かったら・・・純太のお母さんと同じだったかも知れません」
『私には死という概念が無いので、ワルタ君や人間の気持ちを理解して、気を紛らわせたり、心を癒してあげられるような優しい言葉が出てきません』
「なんかゲームに関係無い、つまらない話をしてしまって申し訳ないです。とりあえず、鎧を取りにへパイスさんの所へ行きましょうか」
初心者アシストという機能的な存在のサーチィさんに、こんな話をしても困らせるだけだと内心わかっていたのに甘えてしまった。
『でも、ワルタ君が辛そうにしているのを見ていると胸の辺りが苦しくなってどうにかしてあげたいとは思います。でも、どうにもできなくて・・・こういう気持ちが、悲しいとか苦しいとか切ないと言うのでしょうか』
サーチィさんの言葉を聞き、俺は思わず足を止めた。
ゲーム内のAIシステムにしては、あまりにも感情が豊かで人と話をしているのと大差無い。
「あの、サーチィさんって・・・ゲーム内の人口知能では無く、どこかに実在しているんですか?でも、それだと俺たちの専属みたいな感じになってしまいますよね?」
『えー!?ワルタ君、ずっと私が人口知能だと思ってたんですか?私はちょっと特殊な力があって、何千、何万の人を同時にお相手できるんですよ。まぁ、まだそんなにプレーヤーいませんけどね』
なんじゃそりゃ、聖徳太子の超ハイスペック版みたいな?
「そ、そうだったんですね。失礼しました。あの、じゃあ・・・ゲームを進めて行けば、いつかはサーチィとも会えたりするんですかね?」
『え!?そうですね・・・私は、このゲーム世界の中心部分にある運営局オリュンポスに居ますから、もしかしたら何かの機会にお会いできる・・・かも、知れませんね。でも、ジュンちゃんの前で私に会いたいなんて言ったらダメですよ?ヤキモチ焼いちゃいますから』
「あ~じゃあ、目標の1つとして胸にしまっておきます」
『ふふ、いつか会いに来て下さいね。なんか、話がすっかり逸れてしまいましたが・・・』
「いえ、良いんです。今は大人がプレイできないゲームだってわかってますし、考えてもどうにもならない事もわかってはいたんです。ただ、話を聞いて貰えたおかげで少し気が楽になりました。ありがとうございます」
『なら、良かった・・・のかしら?じゃあ、へパイスの所へ行きましょう』
へパイスの工房からは、昨日と同じように槌で金属を叩く音が響いている。
「お邪魔してます。鎧を取りに来ました」
「おぉ、ちょうど一息つこうと思ってたとこだ。ちょっと待ってな」
このくだり、こないだもあったな・・・気を使わせないように言ってくれているのだろうか?
へパイスに頼んだ鎧は、思った以上の仕上がりだった。
体、腕、足の中心は背骨風に、そこから肋骨風の模様が入っている。
「うっわー!最高ですよ!」
「ハハハ、ワルタって言ったか?子供みたいにはしゃぐじゃねぇか・・・ワルタなのに悪くねぇ反応だな、鍛冶屋冥利に尽きるぜ。ほれ、黒革の服に着替えてから装着してみな」
鏡で確認させて貰い、自分のカッコいい姿を見て、すっかりテンションが上がり嫌な事も忘れられた。
「おかげで元気が出ました。ありがとうございます」
「おう、大切に使ってくれ。もし、武器や防具が破損したら、持ってこいよ。治してやるからな」
「はい。その時は宜しくお願いします」
鍛冶屋から出た俺は次の目的地へと向かう。
「スケルゴンに仕上がりを見せに行かないとな」
『ジュンさんと合流しないんですか?』
「スライムとの戦いを終えたから、ヘルメスさんのとこに行ってクエストの確認してくるそうです」
『あ、それでギルドに向かってたんですね。お目当てのレアアイテムは出なかったみたいですよ』
「確率低いんですね。あの時は本当にラッキーだったんだな」
そんな話をしながら、骨の森に入るとスケルトンが「ほねー!」と言いながら構えをとる。
「今日はスケルゴンに会いに来ただけなんだが、やる気か?」
スケルトンは「かかってこい」と言うように指先をチョイチョイと動かす。
「なら、仕方ない。行くぞ!」
防御力が上がったおかげでダメージはほとんど食らわないが、攻撃を当てるのに毎回苦労する。
ようやく、スケルゴンのところにたどり着くと彼は顎骨をカタカタ鳴らして喜んでいた。
「カカカ、流石だなへパイス。分かってる!良い出来栄えだな。馬子にも衣装ってやつよのう」
「だろ?かなりカッコいい!鎧は今後、新調したら毎回このデザインにしてもらおうかな」
約束通り、スケルゴンに鎧を見せて帰ろうと背を向けると呼び止められた。
「ワルタ。旅の途中に壁にぶち当たったら、またワシのとこに来い。鍛えてやる」
「わかった。その時は、頼むよ」
帰り道のスケルトンたちに戦わない事を告げると、彼らはカタカタ身体を鳴らしながら手を振る。
このゲームのモンスターは、なんか良いやつばかりだな。
さて、そろそろジュンと合流するか。本音は、純太のお母さんの言葉が胸に刺さっていて踏ん切りがつかなかった。
俺だけが、あの悲しみ、苦しみから逃れていて良いのだろうか。
そんな風に思ってしまい、会うのが悪い事のように感じていた。
結論も解決策も妥協案も無い物事に対し、できる事は目を背けるか、忘れるしか無い。
だが、俺には忘れられそうに無いから・・・色々な出来事に癒されても、小さなトゲが残っている感じがする。
いつか、純太に会わせてあげたい。
そう思いながら、ギルドの扉を開けると・・・ジュンと誰かが席に座って話をしているぞ?
女の子みたいだが、誰だろう?
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