ギアシフト

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ギアシフト

 足の痛みと朦朧とした意識の中。 『あー聞こえてるますか?』 カタコトな英語が脳内に直接響く。 「うん。」 生返事を返せば黒い影がモゾモゾと動き、足の形を成す。 『動く、動く、早、立つ、攻撃、迎撃!』 そうだ、襲われてたんだった。 足が千切れて血がたくさん出て…それで…。 死んだのかな。 半ば諦めムードで思考停止する。 『諦め、ダメ、立て。』 急かす様に目を覚ます様に言ってくる。 渋々目を開ける。 崩壊した世界の中でワタシは立っている。 切り刻まれた筈の足で。 下を見ると真っ黒な足が生えている。 『蜿ォ縺ケ。』 黒い影が何か叫べと指示を出す。 「イグニッション!!!」 口から出た言葉を絶叫する。 瞬間、黒い装甲に全身が覆われる。 『縺昴s縺ェ鬥ャ鮖ソ縺ェ縺ゅj蠕励↑縺』 動揺する水銀のギアノイド。 容赦なく少女は足を振り上げる! 黒い装甲が水銀を溶かし、赤いビー玉の様なものが露わになる。 『繧ウ繧「』 黒い影が何かを叫ぶ。 どうやらこれが心臓部らしい。 「これは…親父の仇だあああああ!!」 絶叫しながら完膚なきまで足を叩きつけて割る。 ザアァ、と赤いビー玉の様なものは溶けて無くなり、水銀のギアノイドは沈黙した。 『隗」髯、』 黒い影が何かをつぶやくと装甲が解除され、黒い脚となる。 「な、何だったんだ。」 今だに何が起こったのか理解が追いつかない少女。 『菫コ縲√い繝シ繝弱Ν繝峨? 縺雁燕縺ョ蜷榊燕縺ッ?』 足になった黒い影が何か言っている。 どうやら自己紹介をしているつもりらしい。 「ま、まてまて、お前だとの言葉は理解できない。 せめて名前を書いてくれ。」 モンキーレンチを足に近づければそれを掴み、『アーノルド』と文字が書かれる。 「アーノルドでいいのか? ワタシの名前はヘレン、ヘレン・アストリーだ。」 そう言って足に手を近づけたら力強く掴まれる。 どうやらこのギアノイドは握手という文化を知ってるらしい。 「お前、何でワタシを助けた? ヒューマンとギアノイドは常に拮抗状態だろ。」 助けるメリットなんてない筈だとヘレンは首を傾げる。 確かに彼にとってヒューマンは価値のないものだった。 だけれどもアーノルド自身にも彼女を助けた理由がわからなかった。 互いに首を傾げる。 沈黙が数分流れる。 スモッグに覆われた黄色い空を見上げて二人は理由を探す。 ぐぅーとヘレンの腹が鳴る。 「安心したら腹が減っちまった。 悲しい筈なのにな。 アーノルド、親父の埋葬をしたいから足として動いてくれるか?」 『莠?ァ」』 返事の様な機会音が流れたので地面を蹴り上げる。 容易に立って父親の死体まで歩く。 違和感はあるが痛みはない。 まるで膝から下に何かを被せて歩いている様だ。 「よっと、死体って重いな。」 台車に死体を乗せて作業場外の焼却炉まで歩く。 『縺昴>縺、縺ッ辷カ隕ェ縺ェ縺ョ縺具シ』 アーノルドが語りかけてくるが何となくしか意味を理解できない。 「親父は変わり者でレジスタンスの為の武器を作るいわば武器商人だったんだ。 月に一度、ワタシもレジスタンスの奴らに連れられてパーツを奪ってきたり後、汚染地域の浄化する機械を作ったりしてたな。どれもダメだったけど。」 愚痴を言いつつもヘレンの瞳には大粒の涙が溜まっていく。 そうしてとうとう涙の雨が降り注ぐ。 だらしない父だったけど嫌ってはいなかった。 むしろ尊敬できる人だったと彼女は声を上げて泣く。 それを何も言わずアーノルドは見守っている。 ごうごうと炎は父親の身体を包み、黒々とした煙を上げる。 「親父、仇はとったよ。 母さんと向こうで仲良くね。」 家族写真も一緒に投げ捨て彼女は背を向ける。 それは旅立ちの決意でもあった。 ぐぅぐぅと腹の音が鳴って涙も引っ込む。 「…取り敢えず、飯にするか。 あ、アーノルドは何を食べるんだ?」 『繝舌う繧ェ繝槭せ辯?侭縺ァ鬆シ繧?』 「何言ってるかわからん。」 作業場を通りかかると足が勝手に動く。 そして作業台にあったバイオマス燃料を足で指す。 「これでいいのか? この燃料どうやって与えれば…。」 取り敢えず蓋を開けて瓶を近づけると勝手に瓶ごと取り込まれる。 ゴキュゴキュ、プシューと蒸気を上げてアーノルドは満足した様だ。 取り敢えず、オイルを与えれば勝手に燃料として接種してくれるらしい。 「ワタシは鶏肉でそうだなテキトーに焼いて塩胡椒で食べるか。」 携帯食料をレンジという旧時代の機械で温める。 その間に食用釜で鶏肉を焼く。 「塩と胡椒は確かこの棚にっと。 お、このオイルもアーノルドの食料になるな。」 テキトーに見繕って焼いた料理を器に持って作業台に置いて食べ始める。 (いつもならこの向かいの席に親父がいるのにな。) 寂しさを覚えつつ、無理やり食べ物を口に突っ込む。 食欲がなくても嗚咽混じりでも食べなければならなかった。 これはアストリー家の家訓であり、彼女の父親の口癖だった。 『いいか、ヘレン。 どんなに苦しいことがあっても。 どんなに悲しいことがあっても腹は減るんだ。 食べろ。どんなに悲しいことがあっても食べることだけは忘れるな。 それが生きるってことだからな。』 父親の笑顔と大きな背中を思い出し、余計に目が染みる。 やがて日が沈み、黄色の空も暮れていく。   【next to gear?】
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