放課後の調律師1 乙女は完璧な静寂の中で歌を放つ

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 なのに。なのになぜ。  学校祭の喧噪を過ぎた九月末。師堂玲美は改めて思う。  なぜだ。どうしてこうなった。  本当は分かっている。「なのに」ではない。「だからこそ」だ。  全てが上手く行きすぎたのだ。  例えば、隣で談笑する数名のグループに話しかけてみる。 「ねえねえ、次の英語って新しいとこからだっけ?」 「え? うーんと、どうだったかなー」 「確かちょっと残ってたんじゃないっけ」 「そうそう。なんかもうちょっとやってから次進むって。次の章の予習してこいって言ってたよー」 「そっか。ありがとう」  ほら。何の問題もない。嫌われずウザがられず無視されず。フツーのクラスメートとの対応だ。ハブられてる、なんてことはないし、もちろん嫌がらせだって受けてない。  けれども。それだけなのだ。 「師堂さんって今日当たるんだっけ?」 「今日七日でしょ? あたし、出席番号七番だから」 「あー、そっかー。やってあるの?」 「一応。でも適当だからちょっと見直しとこうかと思って」 「お疲れー」  当たり障りのない会話。邪魔をするまいとでもいうふうに、元の雑談に戻るクラスメートたち。  何のことはない日常。  この何のことなさが、師堂玲美の抱える問題だった。  誰からも同じ距離。誰にも嫌われずウザがられず……けれども誰からも特別に好かれもしない、構われもしない。無視されている、というわけではない。けれども気がつくといつも一人でいる。疎外感とは違う。あからさまにつらいわけではない悲しくもない。ただ、さびしい。  全ての言葉が自分の上を通り過ぎ、全ての糸が自分だけをよけて絡み合っている。手をのばせば触れられる、向こうから触れて来ることさえある。しかし結び目がない。誰とも繋がっていない。  英文法とにらみ合いながら、師堂玲美はため息をつく。  何故だ。どうしてこうなった。
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