放課後の調律師1 乙女は完璧な静寂の中で歌を放つ

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 ため息はどこにも届かず、問いに答えるものはいない。 「そういえばさー」  だから。その言葉が自分に向けられたものだとは、師堂玲美は最初気がつかなかった。  英文法の授業を終えた昼休み。いつも通り絶妙の孤独の中でお弁当を食べていた彼女に、不意にかけられた声。 「師堂さん家って、間枝公園のそばだっけ?」 「え?」  プチトマトをつまもうと悪戦苦闘していた箸をとめ、師堂玲美は声のした右側を見た。早々に食べ終わったお弁当の包みを結びながら、顔だけこちらに向けているクラスメート。ええと、この子は……そうだ、たしか海野さんだ。仲のいい子はさっちんって呼んでた。 「ええっと、うん、市営団地だから。小学校の側だけど……わかる?」 「ああ、うん、だいたい。そっか、じゃあちょっと違うのかな」  と、海野さん。首をかしげる師堂玲美に、もう一人の女生徒――確か照山さん、愛称はもっちゃん、といった――が言う。 「知らないかな、噂。最近、出るらしいって」 「出る?」 「これ」  照山さんは胸の前に両手をたらしてみせる。 「もっちゃん、今時それはないわー」と海野さんは笑う。  確かに随分古典的なジェスチャーだな、と思いつつ、 「これ、って……オバケ?」 「うーん、まあ、一応、そんな感じの……でもちょっと違うかなあ」 「?」 「反対側。っていうか、駐車場の方なんだけど」  照山さんが話しはじめる。 「夕方にね、なんか、変なものを見た人がいるって。二組の男子。サッカー部の。あと一年のマネージャー」 「何で夕方かって言うと練習が休みだったからで、じゃあ何で二人がそこにいたかっていうと、それはご想像にお任せします、ってやつなんだけどさ」  海野さんがあとを引き継ぐ。
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