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野球
唐突ではあるが、俺は将来を約束された高校球児であった。
幼い頃より、リトルリーグの強豪でピッチャーとして成績を残し、推薦入学でこの高校に入学し、一年生の秋、先輩達を差し置いてレギュラーの座を勝ち取った。そして、俺達の高校は、秋の地区大会を勝ち抜き、甲子園へのチケットを手にした。
この甲子園への一歩は俺の夢への序章に過ぎなかった。
しかし、高校二年、春の選抜を前にして俺の夢は泡と消えてしまった。
「浩之、車に気をつけていくのよ」心配性の母の声がキッチンから聞こえる。
「分かってるよ。ガキじゃあるまいし……、行って来ます」母の声を少し鬱陶しく感じながら靴紐を結んでから玄関を飛び出した。
家から学校までは電車で15分の場所にある。俺の父親は昔から自分の息子が野球で大成する事を願っており、地域で一番の強豪校の近くに一軒家を購入したのだった。まさに、その為に人生を捧げていると言っても過言ではない。
「アブねえ!」俺の目の前を大きなトラックがスピードを落とさずに走り去っていく。この国道は直線でカーブが少なく、車量が少ない為、制限速度を超え、そして信号無視で通過していく車も多い。「気をつけろってんだ!」ふと、道路の向こう側を見ると小学生の女の子が信号の青を確認してから横断歩道を渡ってくる。しかし、そこに向かって乗用車が一台スピードを落とさず突っ込んでいく。
「駄目だ!!」俺は咄嗟に飛び出してしまった。何とか間に合い、少女の体を抱きかかえた瞬間に肩に強い衝撃を感じた。急ブレーキで車の激しいスリップ音が響き渡る。俺達の体は回転しながら大きく跳ね飛ばされた。
「だ、大丈夫……か?」俺は朦朧とする意識の中で腕の中の少女を確認する。彼女は突然の事に目に涙を溜めて硬直しているようであった。俺の言葉に反応して、ゆっくりと首を縦に振った。「良かった……」そのまま、まるで何かに引きずり込まれるように、俺の体は動くことが出来なくなっていった。
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