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夜、庭でタオルを手にして左手で投球の練習をする。やはり、なかなかいい音が鳴らない。 「簡単にはいかねえな」挫けそうになる。しかし、そこに俺を励ましてくれるタモツの顔が浮かぶ。「よっし!」気を取り直して再度チャレンジ。右腕を鍛えるのに費やした時間は十年弱かかったのだ。それを短期間で出来るなんて虫のいい話はないだろう。だが今の俺にとってみれば、それはまさに藁にもすがる思いなのだ。 背後に気配を感じる。振り返ると帰宅した親父の姿が見えた。 「ただいま……」 「お帰りなさい」 「……あまり、無理するなよ」また、嫌みの一つでも言われるかと思ったが、親父が口にしたのは珍しく優しい言葉であった。 「解った……」俺はそんな言葉しか返せなかった。それでも、頭の中の靄のような物が消えてスッキリしたような気がした。再び俺はシャドーピッチングの練習を開始した。 なんだかさっきよりも少しいい音が聞こえるようになったような気がした。 「浩、そろそろご飯食べちゃって」家の中から母の声が聞こえた。 「あいよ」返事を返してから手に持ったタオルを首に巻き付け俺は家の中に帰ったのだった。
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