音をたてる岩戸

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「アキロホース、召喚!」  うっすらあった意識が、美しい白馬の出現でハッキリと明瞭になった。  同時に、痛みにかかっていた靄が一気に晴れる。  痛い、体が千切れそう……!  泣きたいし怖いし、また自我を失っていつのまにか怪我してるし。  もう嫌だ、帰りたい帰りたい……!  でもダメ、僕は勇者パーティの一員。  ラムちゃん守らなきゃいけないし、僕だってもう震えてるだけの役立たずじゃないんだ。  だから、状況についていけない。 「ど……どういうこと……?」  うっすらと意識はあったから、会話の内容は覚えてる。 「ジュゼー、離れていてくれ。今のジュゼーがここにいるのは危険すぎる」 「な、何言ってるのクリフくん……! ぼ、僕だって勇者パーティの一員でしょ!?」  痛みに引き絞られた肺を空気ごと動かして声を出す。 「頼むジュゼー。君はもう、戦えない」  頭の中が真っ白になった。  戦えない。  みんなと一緒に戦えない。  僕だけが。 「嫌、嫌だ! 僕だけ敵に背を向けて逃げるとか嫌だよぉおお、僕も戦わせてクリフくん! お願い!」 「叫ぶな馬鹿。自分の怪我の深さも分かんねえ馬鹿は引っ込んどけ。仲間外れにしてるんじゃねえぞ、てめーを心配して言ってんだよ」  ロロアちゃんが言いたいことはわかるけど、でも嫌だ。      僕は散々神院で腰抜けだとか泣き虫だとか言われてきた。  悲しいことに僕は本当に腰抜けだからさ、言い返せるはずないでしょ。  でも、この四人は違ってた。  僕がどれだけ怖くて震えても、泣いても喚いても逃げても、絶対僕を見放したりしなかった。  厳しく叱りつけて、首根っこを掴んで、こんこんと説教をして……最後まで、僕がきちんと向き合うまで付き合ってくれた。    だからねクリフくん、ラムちゃん、ロロアちゃんにバルドくん、僕はこのパーティに志願したんだよ。  そりゃいつ僕みたいな弱っちい泣き虫が死ぬかなんて分かんないから、始終怖かった。  でも僕は、みんなと一緒ならって、死ぬのも覚悟してここに来たんだよ。  僕は自分の情けなさが嫌なんだ、すぐ泣くし怖いと思うと足が動かなくなって息が止まる。  でもラムちゃんはいっつも僕を叱ってくれる。こいつはどうしようもない、って置いてけぼりにしない。僕が前を向くまで、絶対にお説教をやめない。  そんなラムちゃんが好きで好きで大好きだから、絶対に守りたくて、ちょっとずつだけど狂戦士化をコントロールできるようにがんばってたよ。    それでも僕は腰抜けだから、どうしようもない腰抜け野郎だから、いつまでたってもみんなに追いつけなかった。  だから僕ね、こっそり練習してた。  みんなの足引っ張らないようにしないとって、一人でも魔物倒せるようにならないとって。  ラムちゃんを守ってあげたいのに守られてばっかだから。  みんなに「役立たず」って言われるのが一番怖かった。  魔物が怖くて泣いて足が竦んだ時、その度に同じくらい、みんなに見捨てられるんじゃないか、って思って怖かった。  何回も泣いたし、喚いたし、諦めたいって思ったけど、なんとかここまで来た。  でもここで、終わる? 「こんな傷どうとでもなるよ、ちゃんと動ける、戦えるから。一人だけ逃げたくなんてない」 「その傷でまともに動けるはずがないだろう」 「動ける!」  両手で剣を支えにして立ち上がる。  痛い。  背中とお腹が裂けそうだ。  閃光みたいな痛みで、肩と肺の裏の感覚がない。  ああ泣くな泣くな、ここで泣いたら終わる。  歯を食い縛れ。 「……ダメだ、ジュゼー」 「何でっ……! ごめん、狂戦士化をコントロールできなくて! 一人で勝手に突っ走ってごめん、今度はちゃんとできるから!」  目頭が熱を帯びてくる。  バルドくんが僕を担ぎ上げた。 「下ろして、まだ戦える! 僕はまだ役に立てるから、クリフくん! 僕を仲間外れにしないで、置いてかないで、役に立って見せるからぁ!!」  アキロホースに乗せられる。  下りたいのに、体は血をだらだら流すばかりで全然言うことをきいてくれない。 「おいていくわけじゃない、待っていてくれ。昨日野宿した木のところで落ちあおう、いいね?」 「大丈夫、ジュゼー。終わったら追いかけますから、安静にしていてください」 「嫌だ、僕も一緒に戦えるよ! ラムちゃぁんっ!」  全身から力が抜けて、まともに動けない。  アキロホースが走り出す。 「よし、それじゃあ……もう食べてもいいんだよね……!」  グスターがぎらりとラムちゃんを見た。  ラムちゃん!? 「戻れ、アキロホース、戻れ!」  なんで僕を言うことを聞いてくれないの!? 「いただきます。聖女様」  グスターが跳躍する。 「ラムちゃ……!!」  グスターの長い犬歯が、反応できなかったラムちゃんの首筋に深く突き刺さる。  その次の瞬間にはもう、彼女の首は体と繋がってはいなかった。  驚きに目は見開かれているだろう彼女の首が、向こうを向いてごろりと転がった。 「ぁあ……あ、があぁあぁああぁあぁぁあっ!!」  吐き気がせり上がる。  一気に視界がぼやける。  アキロホースが速度を上げ、彼らが茂みに隠れた。  今の、今のは、今のは何?  何があった?  どうなった?  歪んだ視界、霞のかかった聴覚がもとに戻る。  ひゅ、と風をきる音。  茂みの向こうから何かが飛来して地面に突き刺さった。  な、何? ロロアちゃんの矢……?  僕はそっちに目を向けて、息が止まった。  赤く濡れた、クリフくんの剣。  それを認識した数秒後に、 「ぁぐ、ぁあぁああぁあ!!」  肉の捻じ切れる音と、何かが折れて粉々になる音、それから……耳を塞ぎたくなるような、思考の外に追いやりたくなるような、ロロアちゃんの声。  何が起こってる……?  全く、意味がわからない。  理解できているのはたぶん僕の本能だけで、涙と冷や汗が一気にふき出してる。  何かがアキロホースの胴にぶつかった。  がくん、と大きく揺れる。 「うわぁあ!?」  ダメージで光の粒になって消えるアキロホース。  ぐっ!  地面に叩きつけられて、傷口が痛んだ。  でも、その痛みを忘れるほど、朦朧とする意識の中であるものに視線が吸い付いた。  ひん曲がったミスリルの盾。  これは、バルドくんの。  そ、そんな……そんなことってある?  ラムちゃん、クリフくん、ロロアちゃんにバルドくん。  僕だけがここにいる。  みんなは……、みんなは……!  ふっと、意識が遠のいた。
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