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「ケケケ、さっさと殺しちまえよドゥロキス」
「せっかちですねメーゲル、もう少し楽しみましょうよおお。さあロトゥティマスうう!」
「ズヴェエエェエ!」
カマキリの男の指示でロトゥティマスが突進してきた。
「バルド!」
ロトゥティマスの鎌がミスリルの盾にぶつかる。
が、少し表面に傷がついただけでさすがに壊れない。
あれ、あのロトゥティマス……目の色がおかしい。まるで、自我を失ったジュゼーのような……。だとしたら、「狂戦士化」のスキルを有した個体なのか?
だとしたら、あの速度と攻撃力にも説明がつく……!
「ズヴェエェエエ!」
「『剣鬼の一撃』!」
隙のできたロトゥティマスに、高威力の攻撃でなんとかダメージを!
と、ロトゥティマスが大きく鎌を振るう。
これは防がなければまずい。
スキルを乗せたまま、鎌を受け止めた。
途端にロトゥティマスに加えられた空気ごと押しつぶすような圧力に負けて、体が重力を手放す。
「がはっ!」
「クリフィーゼ様!」
木に打ちつけられたのか……?
息が詰まって空気が喉を通らない。
骨が軋む。
「クリフィーゼ様、大丈夫ですか!?」
ライヒムが「治療」をかけてくれたようだ。
視界の中で、ロロアの矢が軽々と弾かれる。
「ありがとう、ライヒム」
どうすればいい、どうすればいいんだ。
ゴブリンたちとの連戦につぐ連戦で、体力や魔力を消費していなければあるいは勝てたかもしれない。
だが今、消耗した僕たちにとって、フレアロトゥティマスは十分すぎる脅威だ。
ふと、ジュゼーが、飢えた肉食獣のような浅い呼吸をして、剣を抜いてゆらりと立ち上がった。
嫌な予感がする。
「ジュゼー!」
まずい。
呼びかけても反応がない。
自我を失っている……!
ジュゼーが普段とは比べものにならない速度でカマキリに接近する。
振り下ろされた鎌を駆けあがり、剣でカマキリの足を叩き切る。
不気味な色の血が噴き上がった。
「ズヴェェエ!?」
その勢いのまま頭へと飛び乗って剣の切っ先で突き刺すべく腕を振り上げた。
これは仕留められる。
そのとき、ジュゼーの背後に影が見えた気がした。
「ジュゼー避けろ!」
「魔導拳法、獅子の憤牙ッ!」
轟音。
ジュゼーの体が吹き飛ばされた。
地面を大きく抉ってやっと、止まる。
ただ殴っただけで、手負いとはいえ狂戦士化のジュゼーをここまで……?
「がはっ、ぁ。ガぁ……」
装甲のあちこちが破壊され露わになった傷口が、とめどなく血を吐き出している。
「ケケケ、弱っちいなあ。今ので五本は骨がイカれただろうな、ケケケケ」
肺の裏を撫でられるような不気味な声で、ヤギの魔人が口角を上げる。
「ケケ、笑えてくる。我に殺せと言わんばかりの弱さ」
「まあ、そう血の気にはやるものではないよ。メーゲル兄さん」
ジュゼーが何とか剣で体を支えて立ち上がる。
「立つな馬鹿、動かなくていい!」
「悲しいね、クリフィーゼ兄さん」
ロロアの放った三本の矢のいずれもが、グスターに届く前に焼き払われる。彼はボロボロのジュゼーを蹴り上げた。
「っ! やめろグスター、彼はもう……!」
「ね。悲しいよね、仲間だものね。わかっているよ、兄さん」
グスターが放った火が、腹這いで剣を拾おうとしていたジュゼーへ命中する。
「がぁっ」
「ジュゼー!」
ライヒムが駆け寄って治療をする。
だが、大して効果がない。それもそのはずだ、ライヒムはここまでで僕やバルドの治療にかなり精神力を削っている。
かろうじて意識は戻ったようだ。
ジュゼーの瞳が揺れた。
「ラ、ラムちゃん……? クリフくん……僕は……」
狂戦士化が解けたようだ。
自我が戻ったのは良いが、どうやってこの状況を……!
「一人だけ、助けてあげよう」
グスターが両手でカマキリの魔人とヤギの魔人を制す。
何をするつもりだ……?
一人だけ助ける?
どういうことか、全く意味がわからない。
何か悍ましいものが、言葉の端にのぞいている。
「俺の主人であるかのお方は、一方的なゲームはお好きじゃないんだ。でも、分かってるでしょう、クリフィーゼ兄さん。兄さんたちじゃ、俺たちには敵わない」
グスターはジュゼーを指さした。
「ジュゼー兄さんはもう八割死んでるも同然だし……ロロア姉さん」
視線を指す方向をロロアへと滑らせる。
「姉さんはこの中で一番非力だ」
グスターは順繰りに、僕たち一人ひとりを指さした。
「バルド兄さん。兄さんは盾の扱いはうまいけど、盾がなきゃちょっと防御力の高いただの人間。
ライヒム姉さんは魔法は上手だけど、実は俺よりずっとずっと弱いんだ。詠唱速度、魔力、そのどちらにおいてもね。
そして、クリフィーゼ兄さん。
兄さんの格闘技はメーゲルより弱い。
兄さんの魔法は俺よりも弱い。
ねえ、どうやったら俺たちに勝てるんだろうね、兄さん」
ずっと話しているグスターになら攻撃が当たるかもしれない。
でも、全く隙が無い。
今動けば……待っているのは”死”だけだ。
喉の奥の空気が震えて閊える。
「でも、ここで俺たちが兄さんたちをみんな殺しても、かのお方は退屈なさるだろう。
だから、一人だけここから逃がしてあげよう。
わかったかな、兄さん」
先ほどからたびたびあらわれる「かのお方」とは誰なのだろう。
いや……とりあえず、目の前の敵に集中しなければ。
「兄さん、分かっているだろう? リッチ……アンデッドは魔物なんだ、人を喰う。元が人や天使でもね。
俺は今お腹がすいてお腹がすいて仕方がないんだ。
兄さんたちと話しているだけで涎が出てくる。
美味しそうだねクリフィーゼ兄さん。その綺麗な顔は最後にとっておくんだ。
姉さんたちはね、女だから。人間の女の人は生きたまま食べるのが一番おいしいんだよ。
バルド兄さんは歯ごたえがありそうだね、うんとよく噛んで食べてあげる。
ジュゼー兄さんはもう死にそうだね。なら一口だけ頂戴」
グスターは子供の姿に戻りながらそんなことを言った。
「でもね、俺は主人が大好きなんだ。
だから、一人逃がしてあげる。
仲間を見捨てて逃げるもよし、復讐を誓って返り討ちにされるもよし。どっちにしろ、最高のドラマだ! きっとお喜びになる。
銀細工の手下ならともかく、兄さんたちならきっと主人も許してくださるよ。
誰でもいいよ。ほら逃げて!
はやくしないと俺、ガマンできなくて食べちゃうよ」
眼光炯炯と僕を見つめるグスターは、とても嘘を言っているようには見えない。
僕らが知っている聡い少年はもう、どこにもいないのか。
彼から向けられる視線はもう、尊敬ではなく獲物として見る目。
「ふ……ふざけんなクソガキ! そんな舐めた条件を、」
「いや、ロロア」
ロロアは驚いて僕を見る。
「なんだよクリフィーゼ。まさかてめえ、このクソガキどもに勝てねえって認めるわけじゃねえよな?」
そうじゃない、と思いたい。
僕たちは勇者パーティだ。人類最強、人類の希望、世界の光。
今まで数々の強力な魔物を葬ってきた。
だからきっと、今回も。
「でもロロア、僕たちにも厳しい戦いになることはまず間違いない。そんなところに今のジュゼーがいたら、危険すぎる」
敵が仲間を逃がすのを見逃してくれるのなら好都合だ。
隙を突かれなくて済むし、ジュゼーを追いかけることもしないのなら集中力も削がれない。
勇者としてあるまじき判断かもしれない……でも僕は、グスターを信じる。
「嘘じゃないだろうな。グスター」
「うん。わかっているよね兄さん、僕は嘘が嫌いなんだ。人間の醜い嘘とかね」
そうと決まれば、さっさとジュゼーを逃がす。
「嘶きは天を裂き、蹄は空を駆けあがる。
天馬の血は駆け巡り、光は目に宿る。
天に昇る風、地へ降り来る風。
アキロホース、召喚!」
展開した魔法陣から一頭の馬が現れた。
ジュゼーが目を開け、不安げに表情を曇らせる。
「ど……どういうこと……?」
「ジュゼー、離れていてくれ。今のジュゼーがここにいるのは危険すぎる」
ジュゼーは目を見開く。
「な、何言ってるのクリフくん……! ぼ、僕だって勇者パーティの一員でしょ!?」
ああ、そうだよ。
でもだからこそ、仲間だからこそ。
「頼むジュゼー。君はもう、戦えない」
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