音をたてる岩戸

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 というわけで、ルードスさんとキッドが福袋釣りに挑戦することに。 「これは……迷うな」 「別にそうでもないが。僕はこれだな」  木材の切れ端と糸で作った釣り竿をもってうんうん唸るルードスさんとは対照的に、手近にあった袋の端にひょいっと釣り糸をひっかけ、キッドが引き上げる。  なんていうか……ホント、考えないっていうか、迷いがないっていうか。 「そうだな……では、オレはこれにしよう」  ルードスさんも袋を一つ釣り上げた。  さあて、何がでるかな? 「じゃあ、僕から開けるぞ!」  キッドが袋を開ける。  長細いから、中身を取り出しにくそう。  袋から出てきたのは、やや大きめのロングソードだった。  あ、説明のかかれた紙が入ってる。  鑑定ができる誰かがつくったんだろうな。わかりやすくて助かる。 『ロングソード 価値 E+  竜硝子(ドラゴルド)と鉄が混ぜてあり、その頑丈さは計り知れない。  』  あれ、純竜硝子じゃないのか。  まあ全部そうだったら、価値がハネ上がるな。  私の武器って、やっぱ結構ヤバいくらい良いやつだったのか。 「E+か。まあまあだな!」 「オレの番か」  ルードスさんが中の剣を引き抜く。  どんな武器が出てくる……か、な……。 「……えっと……?」  その剣は、何ていうか、一言で言うと禍々しかった。  鍔は王冠のような形だが、鋭い針は外を向いている。  中心は紫で刃の外へいくにつれ血のような赤に変わっており、刀身は刃こぼれ……いや刃毀れどころじゃないな。  刀や剣にあるまじき、鋸のようなギザギザの刃。  しかも、刃の中心に目のような模様があるような。  刀身の根元から柄にかけて巻き付く黒い縄のようなものは何なんだろうか……。てかあの縄、ルードスさんの手首まで巻き付いてるし。 「ル、ルードスお前それ……やめといたほうがいいんじゃないか」  キッドが口にする。  だよね。私もそう思う。 『狂巨人(タイラント)の大剣  価値 C-  竜硝子でつくられた体験。  使用者の魔力を吸い取り、攻撃力へ還元する。  装備スキル「狂鬼の狂乱」  魔力を消耗して攻撃力を一時的にだが大幅に強化し、  防御力を引き換えに速度と持久力を同様に強化する。  なお、使用後は強化した分HPがマイナスされる。  』  うん。やめといたほうがいいわこれ。  無駄に価値高いな。  装備スキルは、その装備だけに使えるスキルだろう。  レアっちゃレアだけど、レアに拘って手元に置いとく代物じゃない気がする。 「ティオ、何これ」 「うわ何ソレ。ギンソウ、あれ鍛えた?」  ティオがゲッと顔を顰め、横にいたギンソウに視線を移した。 「ああ、はい。我が鍛えたものですね。暑さにやられたのか、なんか無意識に鍛えてたみたいで、気づいたら完成してました。  同じ現象が鍔や柄を作っている仲間の地竜にもおこったらしいので、どうせならヤバいものを一纏めにしておこうか、と思った次第です。  のちに、サクマ殿に『ねっちゅうしょう てんしょん』なるものだと教わり、ひどく叱られました」  制作秘話までヤバい。 「コラ、馬鹿ッ! ギンソウてめえ! 刀を打つときは神経と魂削って心を込めて打てって言ってるだろうが!? 鍛冶師はなァ、そんな甘ッたるい根性で務まる仕事じゃねえんだよ! 分かんねーならとっとと辞めやがれ!」 「す、すみません師匠!」  ギンソウが慌てて謝る。 「竜を謝らせてるのを見て驚かない自分に驚いてるっす。ソルナのせいっすよ」 「でしょうね」  なんかごめん。  ルードスさんが狂巨人の大剣をじっと見ている。 「あーごめん、それはこの馬鹿竜に責任とらせて処分しとくから。もう一回別の袋引いて良いよ」 「……いや」  ティオが体験を受け取ろうと手を伸ばすが、ルードスさんは首を振った。 「これはオレが持っておきたいのだが、いけないだろうか」  ルードスさん何を!? 「いやいや、レア度高くても危ないよ? その剣」 「しかし、切り札にはなる。オレの持っている剣は、バスターソード、大剣、ロングソードと一般的なものがほとんどだ。一つだけ強力なものがあるにはあるが、それだけでは心もとない。この大剣は十分、切り札になり得る。どうかオレに譲ってほしい」  ハイリスク・ハイリターンの武器だ。  確かに、うまく扱えば活路が開けるかもしれない。  でも、これはリスクが大きすぎると思うんだけど……。 「まあ譲るも何も、君が買ったようなものだから、私が強制することなんてできないからね」 「感謝する、ティオ殿」  ルードスさんはそう言って、大剣をしまった。  その横顔に、ティオがむふふと笑みを深める。 「ティオおねーさん、でいいんだよ? 剣士の卵のイケメン君っ」 「師匠、年下の人間に対していかがなものかと……痛い!」  たじろいだルードスさんを庇うように手で自分の師を制し、半眼で睨みつけた勇敢な鋼竜は、空手チョップの餌食になった。  本来、絶対的な防御力を誇る鋼竜(メタルドラゴン)だ。その気になりさえすれば、殴った相手の方が無事ではすまない。  年もステータスも上の竜に対し空手チョップをする、これは親密度の表れではなかろうか?  私はそんなことを想いつつにこにこ見守っていた。  ギンソウに助けを求める瞳で見られたって知らない。 「しかしさすがに、このまま引き下がるわけにはいかないな」 「なっ、弟子に軽蔑されることも厭わないほど、師匠は年下が好みなのか……!?」 「てめぇが責任をとれって話だ馬鹿!」  今度は拳骨。 「こいつがまともな刀を打たなかったのは事実だからさ、せめて何か奢らせてあげてよ。この馬鹿弟子がなんでも一つ、金払うから」  ぎょっと目を剥いたギンソウ。それから、ティオの後ろで、なるべく高いものは避けてくれると頼む、と手を合わせた。  ルードスさんは有無を言わせぬティオと小僧一人に頭を下げる鋼竜の二人をかわるがわる見比べると、一つ咳払いをした。 「わ、分かった。では……ひとつ、この町にはオレが喉から手が出るほど欲しい品があるんだ」  初耳だな。  剣とか、盾とか? 「手に入りにくいものでなければ差し上げよう。教えていただけるか?」  ギンソウがいそいそと財布をもって出てくる。中の硬貨を数える仕草がつたなくて、妙に可愛らしい。  さっきから威厳のいの字もないが、それでいいのか鋼竜? 「ええと、少々恥ずかしいのだが」 「なんだルードス、もったいぶってないで言え」 「ほらほら、景気よくドーンと!」  ラウザンとキッドの煽りに耐え兼ね、ルードスさんは口を開く。 「……海水だ」  へ?  鍛冶師師弟が目をぱちくりさせた。 「いやその、人伝に海水はしょっぱいと聞いたのだ。……幼いころ、父に連れられて行った海辺の町で味見をしようとしたのだが、当然その地の水竜に目をつけられて死にかけた。この町には海があるだろう? まあ小さいオレが馬鹿だったと言えばそれまでだが、一度でいいから本当にしょっぱいのか知りたくてな」  夢がささやかすぎる。  ギンソウは口に手を当ててぶっと噴き出した。  案の定ティオに睨まれる。 「いや、失礼。人の子とは可愛らしいものですね、と。海水ならばお好きなだけ飲んでみればよろしい。そうでしょう、姫?」 「まあ、体調を崩さない程度にね」  銀貨三枚、つまり三千イェルをルードスさんに手渡すギンソウ。 「海水はいつでも味見できますが、今日はせっかくの祭りです。この町のいろいろな者が店を出していますから、ぜひ少ないながら足しになさってください」  ルードスさんは遠慮気味に受け取った。 「すまない、恩に着る」 「いやぁこちらこそごめんね、駄目弟子の粗相、許してやって頂戴」  フォローするティオ。しかしすかさず、ギンソウが顔を顰めた。 「その、師匠。たしかに我に全面的に非があるのですが、そこまで駄目だ馬鹿だと連呼されると、さすがに堪えるものがあるのですが……」  だよね、私も気になった。  頼むからブラックな職場にだけはしないでくれ。 「だから馬鹿なの。そう思い知らすのが目的なんだよ」 「なんと……。……少しばかり姫の慈悲深さを分けて差し上げたら……いえ、なんでもないです師匠」  ぎろりと師に睨まれ、すかさず発言をぼかす。  ティオのギンソウのあしらい方は、自然界だと、「無礼な人間が」って殺されてもおかしくない態度だ。  うむ、やはり共存という道が実りつつあるんだな。しみじみと感じるよ。  でもって、またもやギンソウの視線から逃げてるわけではない。
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