音をたてる岩戸

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「ところで、ガーラは何の店やってるの?」 「ズバリ、パチンコにゃ」  パチンコ?  私はちかちかとネオンの光る看板とスロット台を思い浮かべ、違ったと掻き消した。  こっちでパチンコって言ったらボールとかをゴムと木の枝とかでパーンってとばす、あの玩具の方だよね。 「やってみっか」 「おぉ! これは見物にゃ」  二百イェルをガーラに支払い、パチンコを手に取る。 「主、がんばれ」 「格好いいですご主人様!」  射的は得意だったんだよね。  私は離れたところに並べられた景品の中から、木を彫ってつくられたドラゴンの人形に狙いを定めた。  目標との距離を把握。  台との距離と、人形の重心から導いた目的点の、台からの高さを目測。  三角形を用いた計算とパチンコの軌道予測から、手元の角度を調節。  左目をつむった時と両目を開いたときの誤差を把握し、逆算し、パチンコと目的点を結んだ直線状から狙いをわずかに横にずらす。  そして、あの人形の重心を傾かせ得る威力で、発射!   コォンッ  見事どんぐりは目的点に命中。  人形は台の後ろへ倒れて落ちた。 「おぉおおぉっ!」  いつのまにか増えている、注目していた住民たちが声をあげる。  ありゃ、そんなに見てたの?  気づいたら恥ずかしいんだが。 「さすが姫だ!」 「どんな武器も使いこなされるとは……」 「素敵ですご主人様! その姿を見られて僕は、天にものぼるような気持ちです……!」  頬を赤らめて私を讃えていたマキアがハッと的の人形へ視線を移した。 「木の塊の分際でご主人様に射ってもらったと……あぁなんて羨ましい! ご主人様の的になりたい……ッ」  放置していいだろうか、この人。 「主君、かっこいいです!」 「見てたっすよ」  え、見てたの?  まあ、野次馬たちが「姫の勇姿を見られるぞ!」とかなんとか大声で触れ回っていたようだからな。  ガーラから景品を受け取り、邪魔になるので屋台から離れながら話す。  だが、一定数の野次馬たちはひっついて動いてきた。どうして。 「ソルナちゃん、僕のハートも射抜かれちゃったみたい」 「うぜぇ」 「ソルナちゃん、今ので僕フラれたの記念すべき五十回目だよ! めげなかったメンタルを褒めて! んでもってナデナデしてついでに付き合って!」 「断る」  五十回か。そんなにもまあ、よく飽きなかったもんだ。 「うーん、余韻に浸る間もなく五十一回目になっちゃったね」  知るか。  しかしこの景品のドラゴン、よくできてるなぁ。  翼とかこの質量感とか、よく表現できたものだ。 「あねご、あねごっ! じつは先ほど、僕もあの屋台に挑んだのですが……」  ラーガルさんが鳥の人形を掌にのせた。 「わ、かわいい! これはフクロウ……いや、コノハズクかな」 「はいっ! さすがあねご、ご存じなのですね!」  そういえば、ラーガルさんは弓使い。はなれたものを狙うのは得意なのかも。 「ソルナ、あの屋台、おもしろそうっすよ」 「え、ほんと?」  部屋から出てきてよかった。  友達と祭りを回るとか、いつぶりだろう。  私は青春をエンジョイしていることをここに宣言しよう。六歳だけどな! ‐‐‐‐‐  祭り楽しかった。  マジ楽しかった。  私はみんなと祭りの余韻を惜しみながら拠点へ帰っていった。  浴衣を着替えなきゃいけないからね。 「くふふ……なかなか我を楽しませた……」 「うまいもん、たんまり食ったのう」  ナーティさんとツァナはお腹をさすりながら満足げにそう言う。  結局キッドはC-の剣を福袋引きで当てたらしいのだが、費やした金は総額二十八万イェル。  おっそろしい金額だね。  さてこの後は、浴衣を着替えて、祭りの片付けでも手伝おうか。 「ご主人様」 「ん、マキア?」  マキアとティタニアは、私に恭しく礼をした。 「幹部のかたがたを中心に、打ち上げを行うらしく……先ほどティタニアに持ってこさせた品もありますので、よろしければ是非ご主人様にも参加していただけないかと」  打ち上げ? いいねー。  え、でも、私何もしてないしむしろ楽しんだ側なのだが……。  私が疑問を口にする前に、ファレアにとんっと肩を叩かれる。 「幹部のみなさんが中心なら、私たちは宿に帰っとくっすね」 「みんなで楽しんできた方がよかね」 「じゃあねソルナちゃん、ソルナちゃんのお部屋で待ってる!」 「宿に帰れ」  勝手にニートの聖域たる自部屋を荒らされてたまるか。 「ごめん、じゃあまた明日」 「ソルナ嬢、今日は楽しかった。礼を言わせてくれ」 「僕もまあ、つまらなくはなかったかもな!」  ふんぞり返るキッドとみんなに手を振って別れた。 「で、ええと、どこでやるの? 打ち上げ」 「アリエ殿の食堂を一晩、貸切るそうです」  女子でもぞくっとするような綺麗で艶かしい声だ。 「あら、あなたたちに魅了はきかないみたい」 「僕たちは主君一筋なので、この心は揺らぎませんっ」 「安心していいわよ、本気じゃないわ。試すような真似をしてごめんなさいね」 「ティタニア、誰彼構わず魅了をかけるのはよしなさいと以前言ったはずですが」  マキアがティタニアに視線を向ける。  心なしか普段より冷やかだ。 「申し訳ございません、マキア様。……ですが、私は少し惜しいのです。マキア様さえその気になれば、どんな女性も敵いはしないでしょうし」 「黙りなさい」  その声の恐ろしさたるや、ご主人様呼ばわりされている私がヒィッと息を漏らすほど。  二重の意味でぞくりとする笑顔をマキアが浮かべると、ティタニアさんは渋々口を噤んだ。  どうにかなんねえのかな、このパワハラ……。 「僕は一応、あなたの仕事は評価しています。なので、無駄に潰してしまうようなことは僕としても望んでいないのですよ。  懸命なあなたなら、分かりますね? あなたは黙って私の指示に従い、従順であればよいのです」  うわぁ、サドだ。私に惜しげもなく見せるマゾな側面とは打って変わって、刺すような視線に不遜な物言い。  恍惚とした視線と変態発言とは対照的だ。 「さあご主人様、参りましょう」 「あ、うん」  今は深く突っ込むことはしまい。
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