音をたてる岩戸

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「本当!? 本当に、ニマヒュ様直属の下位神になるの? お兄ちゃんが!?」 「うん、明日からね」  僕がそう言うと、昔の面影が残る14才くらいの少女が僕に勢いよく抱きついた。 「すごいよ、お兄ちゃん! おめでとう!」 「ありがと、クライル」  少女の名を口にする。  少女は僕から離れても興奮がおさまらないようで、頬をほのかに紅潮させながら話した。 「お兄ちゃんの『願望実現(オクリモノ)』のスキルのおかげかな? 制限があるとはいえ、相手が望むものをプレゼントできるなんてすごいよ!」  まあ、あれは生まれつきのものだからなぁ。  そこまで話し、少女が腕を組んで考え込む。 「私も、もっと頑張ってお仕事しなきゃ……」 「クライルなら、きっとアイク様直属の立派な下位神になれるよ」  僕がそう言って笑うと、クライルも「うん!」と微笑んだ。 「えぇっ!? ミンジャ、蛇の神様になったの!?」 「正確には、白蛇の、だけどね」  同い年の二人が十四になった年のある日。  ミンジャはもう人化ですら、人の姿を保てなくなっていた。  下半身は巨大な白蛇のそれであり、上半身は人の少女だった。  翼と相まって、アンバランスな姿をしている。  最近では村の一部の者も彼女を忌避するようになっていたが、マイルとクライルは一切気にしなかった。 「お兄ちゃんもね、明日お父さんのところでお仕事はじめるんだよ」 「そうなの? よかったわね」  ミンジャの言葉に、心から兄のことを喜ぶクライルの表情が沈んだ。 「うう……私一人だけ残っちゃった」  三人の中で最も下位神として働くことを望んでいたクライルが残ったというのは、何とも皮肉な話だ。 「クライルは少なくともマイルより真面目なんだから、きっとすぐ望みは叶うわよ」 「……うん。がんばるよミンジャ。それ、さっきお兄ちゃんにも言われた」  そうだったの? とミンジャがくすくす笑い、つられてクライルも笑い声をこぼす。 「ね、ミンジャ」 「なに?」  クライルがミンジャの手を取った。 「私が下位神になって翼が消えたら、三人で、三人とも立派になったお祝いしようよ!」 「いいわよ」 「本当? お兄ちゃんにも言っとくね。約束だよ、絶対お祝いしようね」  余程楽しみなのか、彼女は念を押してから笑った。  しかし結局、実現することはなかった。 「約束破ったことなんて……無かったでしょう、クライル」  クライルの翼は、あと数週間で消えるはずだった。 「最後の最後に、なんで……」  おっ母、おっ母、何ゆえに  お山の木の実拾うてはならぬ  彼女の楽し気な声が耳の奥で響く。  木の実を、木の実を おっ父が 「まるきり、食うてしまうゆえ……」  いつの間にか歌っていた。 「とった!」  突然、感情の靄がサッと晴れ、あどけない少女の声が聞こえる。 「え……」 「木の実はね、真ん中に置くんだよ! ね、ネリィ!」 「うん、マリィ」  白兎と黒猫を思わせる幼い少女二人は、手を引いてそうミンジャに言った。  ミンジャは困惑する。  そもそも、神の姿は通常の生物には見えないはずなのに、なぜ少女たちは自分が見えているのか。  そう考えて、自分が人化していることを思い出した。  人化は人の姿に変化するスキルなので、姿が見えるようになる。 「あ……あなたたちは? なぜここに?」 「私はね、マリィだよ!」 「それで私はね、ネリィっていうの」 「マリィたちね、果物探しに森に来てたの」 「主さまにあげるんだよ。ね、マリィ」  無邪気そのものの二人に、ミンジャの心がふっと緩んだ。 「私が……怖くないの?」  下半身が大蛇であることに恐怖や嫌悪を露わにされることは一度や二度どことではなかった。 「ううん、全然! マリィたちの主さまの町にはね、いろんな魔物さんが住んでるの。びっくりはしたけどね、怖くはないよ! ね、ネリィ!」 「うん。エキドナさんだよね? ネリィは、すっごくかっこいいと思うよ」  エキドナは、上半身が人間、下半身が蛇の魔物だ。  ミンジャはエキドナとはまた違うのだが、言う必要はないか、と考える。  それより彼女には気になることがあった。  『木の実取り』は天界の天使の子供たちの遊び。  下界には本来ないはずだが、この少女たちはなぜ知っているのか。 「『木の実取り』を知っているの?」 「うん! お姉さんも知ってるんだね」  白い髪の少女が答える。 「昔、友達とよくやってたの」 「へえ、そうなんだ!」 「ネリィたちはね、神様さんは遊んでくれたとき、教えてもらったんだよ」  ミンジャは、黒い髪の少女の言葉に違和感をおぼえた。 「……誰が?」 「えっとね、神様さん。すっごくかっこよくてね、髪は金色だよ」 「目は青色でね、きれいな服着てて……あと、優しいよ!」 「十五歳……ううん、十六歳くらいかな?」  マイル……?  いや、そんなはずは。  はたと気づく。  そういえばマイルは、あの少女と一緒にいたのではなかったか。    とすると、この少女たちはあの転生者の知り合い?  友人にしては年に差があるように思うが……。 『主さまにあげるんだよ』  主さま、主人……使い魔? 「あなたたちは魔物なの?」 「うん。マジカルゴーレムだよ。ね、マリィ」  ゴーレム?  意思のあるゴーレムなんて、珍しい……。  とはいえ、嘘を言っているようにも見えない。 「お姉さん、もしかして、神様さんのお友達のミンジャさん?」 「ええ、そうよ」  私のことも話していたのか。 「そっか。あのね、神様さんね……お友達だから知ってるかもしれないけど……」 「未月一日にね、いなくなっちゃったの」  未月一日……?  ちょうどその少し前に聞いた友人の声が思い出される。 『私ね……今日の夜、大罪人のところに行って……拘束しようと思うの』  苦し気に伝えた彼女。  未月一日。クライルが命を落とした日、マイルが姿を消した日。  いつか、マイルの行いは罪に問われると思っていた。いつか公になると。  そしてこの間天界を駆け巡った、新たな大罪人出現のニュース。  しかもそれは、神であると。  つまりは、クライルが大罪人として拘束したマイルを天界へ連れていくときに……マイルの目の前で、クライルは殺されたと……そういうこと?  クラリエイル様が殺されました、と配下の天使が伝えてくれた時間を考えると、そういうことになる。  そういうことに、なってしまう。  ミンジャは強い吐き気を感じて、うずくまった。 「ミンジャさん!?」 「ご、ごめんなさい、ネリィたちが余計なこと言っちゃったから……!」  怒りと悲しみとで頭がぐわんと揺れる。  ミシュルと、テレス……どこまで、どこまで非情になれるの。  そして、ニマヒュ。  兄の前で妹を、妹の想い人に殺させる。  何故そこまで、マイルを地獄の底へ突き落そうとするのか。 「ミンジャさん、ごめんなさい……」 「あなたたちのせいじゃないわ」  落ち着きを取り戻し、息を深く吸う。 「ねえ、マリィちゃんとネリィちゃん、だったわね」 「うん! そうだよ、ね、ネリィ!」 「うん、マリィ」  不安げな表情がぱっと輝く。  その表情の無邪気さは、どこかクライルを思わせた。 「似てるわ。私の友達に」 「マリィとネリィが?」 「ええ。笑ったところがそっくりよ」  ミンジャは顔を見合わせる二人をみてくすくすと笑った。 「そっくりなの?」 「とてもね」  可愛らしい。  昔に戻った気がした。 「ねえ。私と『木の実取り』やらない?」 「いいの? ネリィたちと遊んでくれるの?」 「やったぁ! 嬉しいね、ネリィ!」  ミンジャが提案すると、嬉しそうに飛び跳ねる二人。 「じゃあ、木の実は……」  マリィがあたりを見回す。  何か木の実代わりになりそうなもの……なさそうね。  土を掴んで手のひらにのせ、少し力をこめる。  すると、土が形を変え、小さな蛇になった。 「わぁっ、かわいい!」 「ミンジャさんすごいなぁ」  蛇を三人の中心に置き、二人が座る。ミンジャはとぐろを巻いてその上に座った。  準備は整った。 『おっ母、おっ母、何ゆえに  お山の木の実拾うてはならぬ  木の実を、木の実を おっ父が  まるきり食うてしまうゆえ』 「取った」  歌い終わった瞬間、すかさずミンジャが手を伸ばす。  一瞬にして蛇はミンジャの手におさまった。 「あれ?」  ワンテンポ遅れて蛇をとろうとのばしたマリィとネリィの手が空振りする。 「私の勝ちね」 「す、すごい! ミンジャさん、速い……!」 「ネリィ、全然みえなかった」  じゅくれんのせんしだね、ね、と驚きを確かめ合うかのように二人が話す。 「ミンジャさん、もう一回お願い!」  一点の曇りもなき眼で上目遣いにお願いされては、とても断れまい。 「いいわよ」 「やったぁ!」 「ありがとうミンジャさん」  また真剣な表情で座り、蛇を見つめる三人。 『おっ母、おっ母、何ゆえに……』  三人の声は、朝になるまで楽し気にきこえていた。
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