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「……せん。おいっ、海鮮!」
「うわっ、なんじゃ?」
ラテに呼ばれて慌てて目を覚ます。
一気に夢から引き戻された。懐かしい夢じゃったのぉ。
ラテはウチの横で腕を組み、ウチを見ていた。
「……あれ? 何でラテがウチのベッドにおんのけ?」
「くふ、大した根性だな海鮮……! 逆だ! 貴様が我のベッドに入って来たのであろうが……」
あい、そげだったかのう。
あ、本当じゃ。ウチのベッドには誰も寝とらん。
ごめんごめん、と自分のベッドに移動する。
と、ラテが声を潜める。
「くふ、海鮮……良いか、今の時刻は五時四十分頃だ……。あとニ十分ほどで、クソババアがやってくる……その前に、完璧な脱出作戦を我が考えてやる。海鮮の頭もないよりマシだろうからな、こっちへ来い……」
「ほう、早速じゃな」
ふっふっふ、メシアの腕の見せどころじゃな。
といっても、使うのは頭じゃが。
メシアの相手をしちょるシスターも、なかなかの曲者。
うまいこん欺けるような作戦作らんと。
「まず、時間はクソババアが下の子を昼寝させに行く一時頃がねらい目じゃの」
「くふ……奇遇だな海鮮、我も同じ意見だ……」
時間は一時。
五歳までの子を、奥の寝床で昼寝させる間、クソババアの目はウチらから外れる。
「で、どげして外へ出るかじゃの」
神院は塀と正面の門とで囲まれており、その上なかなかに広い。
かといって門には王国から派遣された騎士が数人いるため、突破は困難。
「くふ、裏をかくのである……」
「裏?」
「我らの注目を広い外側に集め……我らはごく内側から出る……」
どういうことじゃ?
「良いか海鮮……まず、我らが身を隠し……奴らが我らを探している間に、抜け出すのである……」
なるほど、注目を外に集めて内側から出るというのはそげな意味じゃったか。
でも、ウチらがいなくなればまずは近いところから探すんでねえか?
ウチがそう疑問に思うと、ラテはニヤリと笑った。
あぁ、なるほど。そういうことか。
「くふ、分かったか海鮮……」
「もちろんじゃ。……あらかじめ、ウチらの脱走計画を噂しといてもらうんじゃろ?」
「くふう、そのとおりである……」
そうすれば、ウチとラテが逃げたと思い込んだクソババア共は外を探す。
その隙に抜け出すってことじゃな。
「だとすると、グスターあたりに頼むかの」
「であるな……」
グスターはまだ六歳じゃが、ものごとの理解力は高い。
「いける……くふ、いけるぞ……!」
「これはいけるが!」
「……っていうことじゃ」
「うん。わかったよツァナ姉さん」
理知的な光を瞳に宿した少年、グスターが頷く。
「くふ、グスターよ……貴様がしくじれば……どうなるか、分かっているだろうな……」
「うん。わかってるよラテ姉さん」
グスターの返答に気をよくすると、ナーティはくるりと向きを変えた。
「……ではもう良い……さっさと食堂へ行くぞ」
「おぉ! 今日は朝ごはん何じゃろなあ」
年上二人がかけていくと、グスターは誰にも知られず一人、わずかに口角を上げた。
「あの町に行くメシアが二人……うん、チャンスだ。僕も行こう。わかってるよね、ドゥロキス兄さん」
‐‐‐‐‐
「ラテラトとツァルアナの脱走計画? ええ、知っていますよ。子供たちが噂していましたね」
幼い子供たちを寝かせながら、シスター・メィホは他のシスターの問いに小さく答えた。
「あの子たちならやりかねませんが……まったく。メシアとしての心構えが全くなっていない」
「シスター・メィホ、あなたも苦労しますね」
「まあ、悪い子たちではありません。だからこそ、魔物に対する感覚を正してほしいのですが」
深いため息を吐き、シスター・メィホはふと、昔世話をしていた子供たちのことを思い出した。
「クリフィーゼたちは、元気にしているんでしょうか」
「きっと元気ですよ。あの子たちのことですから」
そうね、とシスター・メィホが頷く。
今はビエナダス教皇の指示で邪悪な魔物どもを討伐していることでしょう。
それに比べ、ツァルアナとラテラトときたら。
そもそも神院は高い塀に囲まれているし。門には門番がいます。
脱走など、無理な話。
まあ、今回の失敗で懲りてくれればいいでしょうは……そんなに甘く見ない方がいいかしらね。
「シスター・メィホ! 大変です!」
「何事です?」
上の子を見ていたはずの若いシスターが息を切らして走ってきました。
相変わらず落ち着きのない子ね。
「シスター・メィホ、あの、今講義を始めようとしたのですが……その、ツァルアナとラテラトが、見当たらなくて……」
思わず、深いため息をついてしまいました。
全く、あの子たちは!
「あなたは門番にこのことを伝えていらっしゃい。シスターを集めて、特別区周辺を探しに行きます。まだそう遠くへは行っていないはずです」
見つかるといいのですが……。
‐‐‐‐‐
「くふ……我の思い通りであるぞ、海鮮よ。見ろ」
本棚の裏に身を潜める二人が窓の外へ目をやった。
シスターや門番たちが慌ただしく門の外へ走っていくのが見える。
「ラテ、そろそろ行かん?」
「くふ、馬鹿めが……今外へ行けば、外を探しているクソババア共に見つかるだけである……」
「いや、分かっとるけど待ちきれんと!」
しばらくして、少しずつ大人が戻って来始めた。
「くふ……よし、そろそろ行くぞ海鮮……」
「ずっと待ちよぉたが!」
二人は靴をもって本棚へよじ登ると、屋根裏に繋がる扉を開け、入った。
埃臭いにおいがあたりに立ち込めている。
顔を顰めつつも、二人は予定通りのルートを進んだ。
「このあたりじゃな」
蜘蛛の巣を払うと、古いつくりであることが一目でわかる気の扉が現れた。
「くふ、この扉は外へつながっているはずであるが……子供では開けられぬようかなりの重量がある上、魔法文字を用いた封印がかけられている……。そこで、海鮮の出番というわけだ……」
「任せてごせ!」
ツァナがランタンに明かりをつけ、石板と石筆を取り出す。
そして、ものすごい勢いで魔法文字を石板に移し始めた。
「これは……これがこうなって……いや、これはメルゲ語をもとにした文法ばい! すると……」
「くふ……おい、待て海鮮。ここの字が間違っているぞ……」
メシアは名ばかりではないようで、二人はついに解読した。
ツァナが呪文を唱えると、木材が外れるような音。
続けてナーティが光魔法・光ノ裁キをうちこみ扉を破壊する。
薄暗い屋根裏に日光が指す。
が、眩しさに目を細めている場合ではない。
もたもたしていたらすぐに見つかる。
「くふ……早くいけ海鮮!」
「ちょっ、押さんで!」
壁の凹凸に手をかけ、屋根へあがろうとする二人。
が、慎重にならなければ地面へ一直線だ。
一瞬たりとも油断しないよう、少しずつ進んでいた……のだが。
「ラテラト、ツァルアナ! こんなところにいたのですか!」
二人が表情を強張らせる。
ゆっくりと視線を向けた先では、シスター・メィホが腕を組んで仁王立ちしていた。
そして、数人のシスターが少しずつ二人の方へ壁を上ってきている。
「な、何でもう見つかってまったんじゃ!」
「くふ……こうなっては仕方ない……」
ナーティが懐から魔法陣のかかれた紙を取り出し、掲げる。
万が一のために以前購入していたものだ。
「その翼は我が翼となれ、その風は我が風となれ……ワイヴァーン、召喚!」
ナーティの詠唱で魔法陣が光を放つ。
その光から、何かがぐっと首を突き出した。
「ォオォオオ!」
長い首、龍にしては小さな体。細い翼、首と同じく長い尾。
しかし、鱗に覆われた顔に光る双眸は紛れもなく竜種のものだった。
竜種は、上位竜やアンデッドドラゴンなどの例外を除いて魔物ではない。
だからこそ、ナーティにもシスターの目を潜り抜けて入手することができたのだ。
「海鮮、乗れ!」
「わ、分かった!」
二人は、シスターが二人のところに辿り着く前にワイヴァーンの背に飛び乗った。
「ラテラト、ツァルアナ! 降りて来なさい! さもないと、相応の罰を受けてもらうことになりますよ!」
「くふ、貴様が我に命令するなど不愉快だ……。貴様にできることは、我に貢ぎ物を用意して待っていることくらいであるぞ……」
「ウチらを管理できると思うたら、大間違いじゃバァァカ!」
「待ちなさい!」
シスター・メィホが声を張り上げて呼びかけるが、二人は西の空へさっさと飛び去ってしまった。
「ラテラト! ツァルアナ! 財布の件も忘れていませんからね!? お覚悟なさい!!」
シスター・メィホの言葉が二人に届いたかどうかはわからない。
少なくとも、響いてはいないらしかったが。
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