音をたてる岩戸

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 勇者一行は、ヤクルの森の中を進んでいた。  今は北東に進む道の中腹といったあたりか。 「クソッ! なんて数いやがんだ!」 「みんな、気を抜くなよ!」  クリフィーゼが三体のゴブリンを切り伏せる。  しかし、そのまた後ろからゴブリンが現れる。  彼らはもう十分ほど、ここでゴブリンに足止めを喰らっていた。  ロロアの矢が二体のゴブリンの眉間に突き刺さる。  木の上から雨のように矢を降らせるロロアだが、それでもゴブリンの数はまるで変わらない。  上から見えているのは、ただ大量のゴブリンが自分たちを包囲している様だった。  ゴブリンたちは次々に肉塊へ変わっていくにも関わらず、泉から水が湧き出るかのようにゴブリンが現れる。 「伏せてください! 聖魔法・雷ノ裁キ!」  ゴブリンが密集していたところに雷が落ち、周囲のゴブリンをも吹き飛ばした。 「ありがとうライヒム。このまま、広範囲の魔法で数を減らしてくれ」 「わかりました、クリフィーゼ様」  と、ロロアが声を張り上げた。 「私が一発デカいの落としてやるから、バルドは構えとけ!」  ライヒムが魔法を放った場所の反対側に狙いを定め、ロロアが弓を引き絞る。 「バーンアロー!」  矢が一体のゴブリンに突き刺さった。  そして、その一点を中心に周囲を炎が焼き払う。 「グガァアア!」 「ンガ、ァアォオ!」  そのことで混乱状態に陥ったゴブリンたちが、一斉にクリフィーゼたちに襲い掛かる。 「罠に嵌りましたね! 聖魔法・盾結界(シールド)!」  ライヒムを中心に、聖属性の結界が展開された。  すると、結界内にいたゴブリンたちが崩れて消えていく。  盾結界(シールド)は盾にも結界にもなるが、中に闇属性、もしくは不死属性の魔物がいた場合、ダメージを与えることができるのだ。  ゴブリンくらいの魔物なら、それでHPを削りきることができる。  結界が消えると、あたりに生存したゴブリンは一体もいなかった。 「やったぜライヒム!」 「みんな、お疲れ」 「クリフィーゼ様こそ、お疲れ様です」  ロロアが木から降り、五人は緊張していた表情を緩めた。 「ラムちゃんかっこよかったよ! クリフくんもロロアちゃんもバルドくんもすごかった!」 「ジュゼーも今回は震えているだけでなく、ライヒムの後ろできちんと戦えていたじゃないか」 「え、ほんと? やったやった、まあ僕頑張ったからね~」  半泣きで剣を振っていたのは皆知っていたが。 「よし、それじゃあ先に進……」 「待てバルド!」  進もうとしたバルドの肩を強く引いたクリフィーゼ。  バルドがバランスを崩し、ただならぬその様子に慌てて盾を構えた。 「どうしたんですか? クリフィーゼ様」 「え、な、何かいるの!?」  クリフィーゼは二人の問いには答えず、ただ茂みの向こうに視線が縫い付けられているように目を見開いてみていた。  体中の毛穴が開いて冷や汗が吹き出す。  僕の周囲感知が、そうさせているのだ。  息を肺から押し出す音さえうるさく感じるほど、ありったけの意識を茂みの向こう側へ集中させる。  感覚という感覚が警鐘を鳴らしている。  異常事態。  ほかの皆もただ事ではないと身構えているようだ。 「ようやく来ていただけたのですねええ。お待ちしていましたよおお」 「ケケケケ、やっと来たのか」 「久しぶりだ、勇者御一行。僕が誰か……わかってるよね。クリフィーゼ兄さん」  カマキリのような細いからだつきの男。  首から上がヤギの不気味な男。  そして、顔をよく知っている少年。  その三人が、僕たちの前に姿を現した。 「私は魔人ドゥロキスと申しますうう。ちなみに、先ほど相手をしていただいたゴブリンどもは、私の配下なのですよおお」 「ケケケ、我はメーゲル。主人のヤギ頭ってのは我のことだ」  少年が一歩前に出る。  僕は、僕たちは、この少年を知っている。 「ふふ、分かっているよ、クリフィーゼ兄さん。ずっと神院にいたものね、ご主人様の『根』の僕は。驚いたんでしょう、兄さん」  グスター。神院で僕たちを慕っていた六歳の少年。  少年の体が大きくなる。僕より一回り大きな、ローブを纏った男へと変貌する。  生気のない目を細めて、男は不気味に口角を上げた。 「俺はグスター……『火の玉の不死王』グスター。ご主人様の『根』の一人、リッチ・ロードだ。わかったかな、クリフィーゼ兄さん」  こんな近くに、魔物が……それも、五神教が最も邪悪とする闇属性と不死属性の魔物がいたなんて。  情けない。  不甲斐ない。  剣を握りしめる。  冷や汗が止まらない。  少し手を伸ばせばそこに「死」があるのがわかる。 「五人か。どう分ける?」 「まあ、それは適当でいいと思いますよおお。まずは、主人より頂いた餌を残さず食べるのが先決ですうう」  食べる……スキル「捕食」か何かか?  と、カマキリの男が手を空へ向けた。 「さあ出てきなさい、フレアロトゥティマスうう!」  大きな魔法陣が浮かび上がる。 「ズヴェエェエエ!」  ロトゥティマス……?  いや、鎌に炎を纏っている。  その上、雰囲気が違う。 「みんな、気をつけろ!」 「ズヴェエエェエエェエ!」  フレアロトゥティマスが、巨体に似合わぬ速度でライヒムに襲い掛かった。  僕の速度では反応できない……っ!? 「ライヒム!」 「ラムちゃぁんっ!!」  狂戦士化を発動したジュゼーが、ライヒムとロトゥティマスの間に無理矢理割り込む。  燃え上がる鎌が、ジュゼーの装甲を砕いて腹部を切り裂いた。 「ぁがぁああっ」 「ジュゼー!」  くそ、勇者である僕が動けないなんて……!  いや、違う。  狂戦士化したジュゼーの防御力とHPは、僕を上回っている。  そのジュゼーに容易にダメージを通したのだ。たぶん、何らかのスキルもかかっている。  もしも僕が、ジュゼーと同じように無防備に受けていたとしたら……おそらく、僕の命はなかった。  速度に特化した特異個体か。 「まずは一人ですかああ。呆気ないですねええ」  焦るな。  落ち着け。 『スキル「冷静」を発動しました  』 「ジュゼー、大丈夫か」 「大丈夫、生きてる……ラムちゃんにこんな攻撃当てようとしたとか、許せない……!」  ジュゼーが血走った眼をロトゥティマスに向ける。  まずい、自我が消えかけているのか? 「クリフィーゼ、どうする」  バルドが盾を構えたまま、緊張した声音で言う。  どうする。  どうすれば勝てる……?
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