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一瞬、僕は自分のおなかが鳴ったのかと思った。そろそろお昼も近い。ところが顔を上げると、結城さんが少し頬を赤らめ、バツが悪そうにこちらを見ていた。
(あ、結城さんのお腹が鳴ったのか)
ひょんなことから親近感を覚えた僕は「交代で食事とりましょうか」と提案してみた。結城さんは視線をエントランスに戻すと、「これ、あるから」と言って、コートのポケットからカロリーメイトを出して見せた。
「君、行ってきたら?1時間位で戻ってくれればいいから」
突然、結城さんが一年分くらいしゃべってくれて、僕は嬉しくなった。見た目のイメージ通りの低めでクールな声質は、耳に心地よく響いた。
「いえ、僕も持ってますので」
張り込みや尾行業務に、カロリーメイトはマストアイテムなのだ。
僕はこのタイミングを逃すまじとばかりに、勢いで話をふってみた。
「そう言えば、今日はバレンタインデーですね」
結城さんのリアクションによっては、隠し持ったチョコをお茶目に披露するつもりだった。けれども結城さんは、黙ったまま、マル対のマンションから視線を離さなかった。
再び無言の時間が訪れるのかと諦めかけた時、結城さんがぼそりと呟いた。
「そうだね」
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