HARIKOMI Bitter&Sweet

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   午後2時。いまだに愛人は現れない。  この時間になるまでの間に、結城さんと僕は無言のまま、それぞれのカロリーメイトを一箱平らげた。  僕は大学に入学したての頃に付き合い始めた、彼女のことを思い出していた。初めはお互い好き過ぎて毎日のように会っていたけれど、半年くらいでどちらからともなく距離を置くようになった。そして、学年が変わる頃にはすっかり自然消滅していた。  他に好きな人が現れたわけではないけれど、恋愛感情が熱しやすく冷めやすいというのは事実のようで、それは初恋の人を生涯の伴侶にする人が少数派であることからも明らかなように思えた。 「心変わりって、結局、避けられないものなんでしょうか」  僕は独り言のように呟いた。  一瞬、結城さんの視線がこちらへ向いたような気がした。 「あんなに叩かれても、芸能人の不倫とかって相変わらず無くならないし……」 「……一般人もね。不倫できる経済力や時間があれば、みんな、もっと浮気に走るよ」  彼女が久しぶりに口を開いた。 「純愛なんて、所詮は理想論に過ぎないんですかね」 「幻想だよ。ほら、お出ましだ!」  結城さんは、そう言いながらカメラを構え、マシンガンみたいにシャッターを切り始めた。  マンションの前に一台のタクシーが停まり、中から女性が出てきた。三十代半ば、身長160センチ前後、やせ形、ショートヘアー……年格好は事前に依頼人から得ていた情報に合致している。愛人に間違いない。  そのままエントランスへ向かうのかと思いきや、女性はドアが開いたままのタクシーの前で立っていた。すると中からもう一人降りてきた。  学生服を着た中学生くらいの少年だった。  二人はそのまま、マンションの中へ消えていった___  午後5時。女性と少年がエントランスから出てきた。タクシーは使わず、広尾駅に向かって歩いていった。  この間に、僕らが考えた可能性は二つ。  一つ目は、愛人に連れ子がいた。  二つ目は、マル対の接触者ではない(他の住民への訪問者)。  前者だとすれば、より激しい修羅場が待っており、こちらまで気が重くなった。  後者の場合は、本日の張り込みは空振りということになり、それはそれでやるせなかった。  僕らはヘトヘトになった体と心でカメラを片付けた。ベンチまで移動しながら自分たちの痕跡を誤って落としたりしていないか確認した。  その後(念のため)、結城さんは広尾駅、僕は麻布十番駅へ向かい、渋谷にある事務所へ別々に戻ることにした。
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