そのときのために

1/6
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 仕事から帰ると、妻は珍しく和室で横になっていた。昨日参加した中学の同窓会の疲れが今頃になって出てきたのだろうか。起こすのがちょっと可哀想な気がして、私は「ただいま」という声を飲み込んだ。  6月初旬とはいえ、夕刻にもなると少し肌寒い。妻は何もかけずに眠ってしまっているようだったので、タオルケットをかけてあげようと思い立った。  押入れのほうへと一歩足を踏み出したそのときだった。窓から差し込む夕陽が何かに反射して、一瞬、目がチカっとした。  何かが……落ちてる?  無防備に伸びた妻の右腕。だらんとした指先の延長線上に転がっていたのは、仏壇に供える金色のご飯茶碗だった。既に艶を失っている白米は、茶碗の中に辛うじてとどまっていた。  ただごとではない。  そう気づくのに時間はかからなかった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!