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孔明は、見惚れていた。前に座る、己が妻に……。
いや、正確には、何やら口早に語りつつ、筆を走らせている妻の、瞳に。
何故、睫毛が、ああも長いのか。
さらに、思う。どうして、女人は、艶やかな肌にわざわざ、化粧を施すのか……と。
男の自分よりもキメの細やかな肌に、白粉などはたかなくても良いだろうに。
ふと、妻の肌の感触を思いだし、孔明の胸は、高鳴った。
いったい、どうして、そのような事を考えてしまったのか、と、後悔のような物に襲われるが、孔明の胸は、容赦なく、ドキドキと、鼓動を早めてくれた。
「で、旦那様。何を、そわそわしておるのですか?!」
「いや、それは、黄夫人、私は、何も、そわそわなどは……」
「きっと、私の話など、馬の耳に念仏なのでしょ?」
「いやいや、黄夫人、馬だなんて、私は、歩きで十分ですから」
ほら、人の話を聞いていない、と、黄夫人こと、月英は、きっと、孔明を睨み付けた。
「はあ、申し訳ございません。聞いては、いたのですよ。ただ……」
「ただ?」
「黄夫人の、睫毛に見惚れていたのです。なぜ、そのように、長いのかと」
ふう、と、息をつき、次に来るであろう、叱咤を孔明は待った。
「……もう!」
「もう?ですか」
「は、はい、これをっ!!」
「うむ、地図ですか……」
手書きの国土の略図を手渡され、孔明は、しげしげと見た。
差し出してきた、月英の頬が、ほんのり染まっている事など、孔明は知る由もなく、
「これは、なんでしょうか?」
などと、のたまっている。
「勢力図ですっ!」
月英の勢いに、孔明は、肩をびくりと揺らしつつも、おおおっと、呻いていた。
一方、なんとか、息をととのえ、平常心を呼び戻した月英は、よろしいですか、と、孔明へ意見し始めたのだった。
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