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「トア…!」
「っ…あ、の…」
一瞬の出来事に、身体がフリーズする。
確かに感じるのは、首にまわされた逞しい腕の感触。
すぐ耳元で聞こえる、名前を呼ぶ声。
「…なんで…。…なんでそんな顔、するんだ…」
絞り出したような、震えたリオの声。
「…り、リオく…ん」
心臓を突き破りそうなくらい、鼓動が強く脈打っている。
身体が燃えているように熱い。トアの口はぱくぱくと空気を食べ、脳には酸素が回らなくなる。
「俺、トアが傷つくのが…怖かった…」
突然、剥き出しの感情がぶつかってきた。
さっきまでトアの視界に入っていた彼とは全く違う、弱々しい声。何が起こったのかわからず、頭が混乱する。
「わ、わたしっ…」
驚いて振り返るために体を離そうと動けば、腕がさらにトアを引き寄せしっかりと抱きしめた。
「…無事で…よかった。」
首筋に顔を埋めて、絞り出すようにそう呟いたリオ。
それは安堵の言葉にも関わらず、何故か悲しみに満ちていて、彼にとても酷いことをしてしまったのだと錯覚させられる。
何も返せず、身動きも取れず、ただ無言の時が過ぎていく。
たった数秒が、とても長く感じられる。
「…どうしようもなく…不安…なんだ…っ、…トアを…見てると…。」
「…どうして…?」
「…説明…できないけど…」
辛そうに掠れた、擦り切れそうなリオの声が耳元に聞こえる。
「辛いことがあるなら…話してください…わ、私でよければ、少しでも」
「ごめん、忘れていいから。…忘れていいから、少しだけこのまま」
言葉に乱暴に被せられる、言葉。
リオの腕はトアが消えてしまうかのように、体温を求めるかのように、しっかりと抱いて離さない。
押し寄せる感情を、少しでも落ち着かせてあげられればと、咄嗟に回された腕をそっと握った。
「…っ…、トアって…あったかいよな…」
「…リオくんだって」
「…ふふ…でも、体温、人間ほどはないよ。」
「それでも…」
ぽつり、ぽつりと、会話をした。
知りたかった話はなにひとつできなかったけれど。どんな顔をしているのか、どんな表情をしているのかは見えないけれど。
それでも初めて、本当のリオと話せた気がした。
その時窓の外で物音がした。
「…ごめん。俺、何やってんだろ……。」
はっと我に返ったリオの動揺と後悔を含んだ声が追いかけるように聞こえてくる。
だけど、トアの首元にまわしてしまった手の処理をどうしたらいいのかわからず動けないようで。身体は密着したままで。
「…こ、これ、」
リオは片手でポケットからなにか取り出すと、そっと体を離し、トアの首にそれをかけた。
振り返りたいけれど、顔が真っ赤で、どんな顔でリオと目を合わせていいかわからず首を動かせない。カナトの魔法がかかってしまったかのように、強い力がトアを引き止めた。
胸元を見れば、それは控えめに光を反射する、小さな十字架がついた時計のペンダントだった。
「ペンダント…?」
「こ、これ、偶然町で見かけて渡そうと、思って…。ほら、カナタがロザリオ、取っちゃっただろ。」
「…そう、だったんですね!あ、ありがとう、ございます…」
言葉がまともに紡げずに、何度も噛みながらやっとのことでお礼を言った。
手に取りじっと眺めるトアを見て、リオは慌てて付け足した。
「そ、それ…安物だから!いらなかったら、捨てていいから!」
「あ、あの…!」
不意に体が離れる気配がした。
思い切って振り返ると、もう、そこにリオはいなかった。
つづく
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