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第21話 歪んだ鏡に映る世界
「あなたね!」
広いバスルームの窓を開け放ち、吹き込む風に目を細めて深呼吸をしている時だった。
いきなり響いた女性の声に、トアは驚き振り返った。
「…えっと、…!」
ゆるいウェーブの豊かな金髪に、完璧なモデル体型を兼ね備えたその女性は
突然現れ、優雅にこちらへと歩み寄ってくる。
青白い肌に紅い瞳が爛々と輝き、世にも美しい笑顔でその女性はトアの元へとやってきた。
その佇まいだけで、彼女がヴァンパイアであることが見てとれた。
「会いたかったわっ!私、ミラ。お友達にならない?」
「…ミラ…さん…」
トアはこの屋敷で初めて目にする女性に驚きつつもそのフレンドリーそうな笑顔にほっと胸を撫で下ろす。
「歳近そうだしミラって呼んで。あたしはリオの幼馴染よ。よろしく」
「…よ、よろしくお願いします!私、トアと言います。」
ミラと名乗ったその女性は、トアの両手を取ると、親しげに手を繋いだ。
「リオから話は聞いたわ。あなたメイドさんなんですってね。大変でしょぅ?」
心配そうに覗き込むミラ。トアは、近すぎる距離に少し自身の顔が強張るのを感じた。
「そ…そんなには…まだ来たばかりですし…」
「私も昔は執事にメイドがお世話してくれていたわ。懐かしい…。リオもね、あなたのことても助かるって褒めてたわっ」
「そ、そうなんですね…!」
その口から自身の前向きな話題が出てホッとしたトアはその紅い瞳に見惚れながら、うん、と頷いた。
「でも…あなた、人間でしょう?」
「え…」
トアの胸を小さな痛みが襲う。
「はっきり言って気をつけたほうがいいわよ?だって5人もヴァンパイアがいるのよ。うらわかき女性を狙うかもーなんて」
「ミラさんは…」
「あたしはもちろん純血のヴァンパイアだから平気よ。一人でもこの世界を生き抜いてこられたわ」
ミラはにこりと微笑むと、窓辺に歩み寄り、空いていた窓を閉めた。
「やっぱりミラさんはヴァンパイアなんですね。」
トアが問いかけると、ミラはえぇ、と美しく微笑んだ。
「で、でもリオ君達は、草食で…」
「あれぇ、リオ、なんにも言ってなかったのっ?悪い狼だなぁ。」
大袈裟なくらい驚いたミラは、少し身をかがめてトアを近くへ寄せた。
「確かに今は草食だけどね、あの子たち元から草食系の種族だったわけじゃないの。」
「そう…だったんですね…」
知らなかった真実がその美しい唇から次から次へと飛び出す。
「頑張って頑張って、やっと果物主食の生き方に変えてね、でもリオ、最初は泣きべそかいてね、よく二人で一緒に狩りに行ったわ。あ…と言っても動物を、だけどね。」
そのときトアの胸に引き裂かれたような痛みが走った。
リオ達の過去を知らなかったからではなく、ミラが彼らのことを自分よりもずっとよく知っていて、トアの知り得ない彼らとの時間が何百年もあるという、当然の事実を、突きつけられたからに他ならなかった。
ほんの少しの間一緒にいただけ。理解したつもりになっていただけ。自分がひとり盛大な勘違いをしていたことが急に顔を覆いたくなるほどに恥ずかしく思えた。
「あ、あたしそろそろ行かなきゃ…。トアちゃん、最後に伝えたいことがあるの。あなた、もしかして《悪魔の愛娘》かもしれないんだってね…大変そう…。リオたちが話してたの、聞くつもりはなかったんだけど」
「…あくま…?」
「生れつき悪魔に祝福された、呪われた子って聞いたことあるよ。悪魔に好かれるの。そのうちに大きな災いを呼ぶんだって。」
窓の外を眺めてそこまで言い切ったミラが心配そうにこっちを振り返った。
瞳に吸い寄せられるように、魅入られる。
「…災いを、呼ぶ…?」
その言葉には聞き覚えがあった。いつしか遠夜さんが冗談めかして言っていた、不幸を引き寄せる体質についてだった。
「思い当たることがあるのね?」
ミラは悲しそうな顔をしながらトアに歩み寄る。
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