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「街で小さな悪魔が寄ってきていたそうです…」
「…普通は人間には寄ってこないわ。」
「他にも、何か起こるかもって思うと必ず悪いことが起きて」
「全部、あなたが思った通りのことが起こるのね?」
ミラの言葉に引き出されるように、言葉が溢れてくる。
「そう、想像したら、必ず…!」
トアの目には、すでに大粒の涙が溢れていた。
町で遭った出来事の本当の意味が、いまやっと理解できた。
カナトはお守りと言って、照魔鏡をくれた。
しかし、きっとこのままこの屋敷にいたら、もっと大きな迷惑をかけることになる。
その事実はそれほど単純なことで、混乱するトアの頭でもすぐにわかることだった。
「泣かないで…!でもあたしなら、あなたを吸血鬼に変えて助けてあげられる」
「え…?」
「純血の私が一噛みすれば、ね?」
その瞬間、美しいガーネットが揺れた。
くるりとトアの体の周りを一周し、ミラは続ける。
「ヴァンパイアになれば、悪魔にも対抗できる。一人でも生きていける」
呟くように、しかし、しっかりその耳に刻み込むように、ミラの言葉が紡がれる。
「ミラ…」
「そ、あたしみたいに強くね。でも2人ならもっと楽しいかも…」
素敵なことを思いついたように綻んだミラの顔には純粋で、無邪気な笑顔があった。しかしその裏にある漠然とした寂しさにトアが気づくことはない。
「…本当……なの?」
「えぇ。」
ミラは優しく微笑んでトアにまた一歩近づく。真っ赤な二つの双眸がこちらを見ている。
「私がヴァンパイアに、なれば、」
「そう、ヴァンパイアになれば、悪魔にも対抗できる。」
「…私…。」
霞むトアの脳裏に浮かぶのはリオの優しい笑顔だった。
泣いたあとだからだろうか、トアの頭にはぼうっと靄がかかり、いつしか思考はうまく回らなくなっていた。
まさにミラの牙がトアの首筋に触れようとした、その時。
「トアっ!!」
リオが勢いよく部屋に飛び込んできて、トアをミラから引き離した。
「…リオくん…?」
トアはまだ頭がぼーっとしていて、何が起こっているのか掴めない様子でリオを見上げた。
「リオ、タイミング悪ーい!」
「トアに触るなって言っただろ!」
「いやね、リオったらそんなに−」
「ふざけるな!」
バスルームにリオの怒鳴り声が響いた。
瞳の赤が少しずつ燃えるように色づき始める。
怒鳴り声に、泡が弾けたかのようにトアの頭に音や景色が急速に戻ってくる。
「リオ…。そう、そんなにその人間が大事なのね。でも、いい?あなたがそうやって大事にすればするほど、その子は危険に晒されるのよ?見たでしょさっきの遥希を!」
「…っ!」
リオの瞳に動揺が走る。トアがハッとしてミラの方を見た。
「あなたの傍にいられるのはあたしのように強いヴァンパイアだけ。そうでしょう?その胸の傷がついた時の戦いだって、あたしがいなかったら」
「ミラ…その話はやめてくれ!」
ミラの声をかき消すように、リオの荒々しい声が響く。
「やめないわ。本当のことだもの。」
ミラはリオの手を取ると、懇願するように訴えた。
「人間に関わって何になるの?」
飛び込んでくるその言葉がトアの心に突き刺さる。
「…。」
ミラの手を振り解けないリオは、黙って俯き、拳を握りしめた。
「リオ君…。」
「トア…ごめん…。」
リオの口から不意に溢れた謝罪は、トアの心に大きな傷を残す。
「まぁ。…でもそんなに大事なら。力ずくでも奪っちゃうんだから。それにやっと友達、できそうだったのに…。」
ミラのつぶやく声に続いて、強い風が部屋に大量に吹き込んだ。
窓が開けられていた。
「リオ、いいよね?リオが悪いのよ。」
「待てっ!!」
ミラが窓から姿を消し、ミラが出ていった窓から、強い風が吹き込んで、トアの髪を乱して行く。
トアは一人、部屋に座り込み、呆然と、ただただ涙を流した。
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