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「トア…!大丈夫か…?」
少しの沈黙の後、リオの声がした。
「あ、あの…大丈夫…です」
平静を装ったけれど、その声は掠れ、涙は止まらない。
顔を見られないようにトアは慌てて下を向く。
「本当に、本当に何もされてないか!?」
リオの動揺した声が聞こえてくる。
トアはなんとか涙を拭って、首を大きく振る。
そんなことよりも、これ以上、もうここにはいられないという事実を早く伝えなければ。
「無事で…よかった…」
リオの焦った声がどんどん近づいてくる。
「…ごめんなさ、な、んでも、ないです…」
「…!なんでもなくないだろ!」
なんとか顔を隠したまま、部屋から抜け出そうと横をすり抜けるトアの腕を掴む手。
そして、次の瞬間にはリオに抱きしめられていた。
「見られたくないなら、見ない。だから、何があったか話せよ。」
逃げようとするトアの背中と頭にしっかりと手を回し、包み込むように、護るように、強く優しく抱きしめるリオの腕。
トアは黙って首を横にふる。
ショックや悲しみで涙が溢れているわけではない。
己の甘さに、弱さに、馬鹿さ加減に。
怒りと共にその涙は込み上げてきていた。
「…今まで私のせいで、みなさんが危険な目に…。もう、ここには、いられないんです…」
「…?なにいってんだよ。トアは人間だろ。そんな力はねーよ。」
リオがぎゅっとトアを抱きしめる。手が優しく髪を撫でて、背中をさする。
「でも、ミラがヴァンパイアになれば悪魔に対抗できるって…!」
必死に頭を働かせて、そこまで言い切ったトアを、大きな声が叱った。
「…何言ってんだよ!」
「…っ!」
リオの声はどこか懇願するような悲しい響きだった。
「トアは生きてる。どんな理由があるにしろ、今、俺の目の前にいるだろ。それだけでいい。簡単に自分を捨てようとするな。」
「リオ君…。」
出会った時と同じ美しく燃える瞳が、ゆらゆらと優しげに揺れる。
「心配かけて…ごめんなさい…。」
「俺は…いつも通り、トアが…」
笑っていてくれたら、それでいいと思った。
傍で見ていたい。綺麗な榛色の瞳を細めて作られるあの陽だまりのような笑顔をずっと。そして出来ればその隣にいるのは自分でありたい。
リオの心臓が叫び出してしまいたいくらい切なく痛む。
床に落ちるはずだったトアの涙はそのままリオの服の上に落ちて、小さなシミを作る。
寄りかかった頬と手から生きている人間の温かさと心臓の脈動が伝わってくる。
言葉を切って、その先を言おうと心が迷う。
もう喉のすぐそこまで言葉が出ているのに、ミラの言い放った言葉がそれを引き止める。
彼女は、自分と一緒にいればいるほど、危険に晒されるのだと。
ついに言葉は喉を伝うことなく、リオは抱きしめる手に力を込めることしかできなかった。
「…じゃ、じゃぁ…リオ君…聞いてくれますか…?」
「あぁ。なんでも聞く。聞かせてくれ」
トアのことならなんでも聞きたい。そう囁かれて、トアも願う。できれば今まで通り傍にいたいし笑った顔を見ていたい。
その時、控えめにバスルームの扉を叩く音が響いた。
リオがそっとトアを離し、扉を開けて入ってきたカナタを見やる。
「トア…無事か…?」
「あぁ。カナタ…大丈夫か…?遥希は…?」
まだおぼつかない足取りで部屋の中腹まで歩いてきたカナタにリオが問いかける。
「…もう大丈夫だ。部屋で休んでる。遠夜が見てる。」
ふぅと息を吐いたカナタは開け放たれた窓を見つめた。
「悪い…。逃げられた。」
その視線の意味を読み取ったリオが悔しそうに呟く。
「…ミラに情報を流した黒幕がいる。」
カナタは窓から見える落ちゆく陽を見つめながら、そう言い切った。
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