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第22話 約束の泉
それはつい数分前の出来事だった。また、あの歌声が聞こえたのだった。それも、枢木家の庭先で。
「まさか…!」
トアの胸は高鳴った。ダメだとわかっていても、足は勝手に走り出していた。部屋の窓際に置いてあったあのアンクレットを掴むが早いか、声を頼りに、家の庭から続く森へと飛び込んだ。
枢木家はミラに襲撃されて以来、まるで嵐の前の静けさのように、何も起こらない平穏な日常が続いた。
そんな凪いだ日常に、また誰かが石を投げ入れたのだ。
この声は間違いなく、あの海辺で聞いたものだ。
「どこなの…!」
トアは息を弾ませて叫んだ。
「どこに—」
その瞬間、足がずるりと前に滑った。
ハッとして咄嗟に近くにあった枝に掴まるも、枝は気持ちよくしなり、トアを坂へと送り出した。
その先の景色は、信じられないほどにえぐれた坂になっていた。
「きゃぁぁぁぁぁああ」
お世辞にも上品とは言えない悲鳴を発しながら、トアはふわふわの落ち葉の上をものすごい勢いで滑り落ちた。止まれ、止まれと足を踏ん張っても、地面はあざ笑うかのように滑り続けた。
「と、止まった…」
やっと落下が止まった。ぜいぜいと息をしながら、なんとか立ち上がる。一体何メートル滑り落ちてしまったのだろう。お尻を押さえながら見上げると、もうとっくに屋敷は見えなくなっていた。
「…本格的にまずい…。」
幸い地面は降り積もった落ち葉で柔らかく、大した怪我もなく体はぴんぴんしている。帰り道を探さなければ。そう思い振り返ったその先には、大きな岩でできた洞窟がぽっかりと口を開けていた。
木々が生い茂っているせいで、目立っていなかったそれは、森の中に突如現れたといっても過言ではないほどに、唐突にそこにあった。
冷静になってみれば、もうあの歌も聞こえなかった。
「興味本位でこんなところに入るほど私もまぬけじゃないよね…」
急に心細くなり、余計に惨めな気持ちになると分かっていても自分自身に話しかけざるを得ない。
「本格的に…お祓いとか行った方がいいのかな…」
気を緩めればミラの美しい唇が紡いだ言葉が、リフレインする。しかしまたリオの強い言葉も同じように脳裏に浮かぶ。トアはなるべくそのことを考えないよう、目の前の出来事に集中するべく歩みを続けた。
ゴロゴロと転がっている岩の上を歩いて、洞窟の入り口近くを行ったり来たりする。
洞窟は小さな入り口を除いて、切り立つ崖のようにトアの前に立ちふさがっている。ここを超えて向こう側に行くのは無理そうだ。
どうやらあの反り返るように急な坂を上り切らなければ、元の場所には戻れないようだった。
「どうしよう…」
トアは手に持ったアンクレットを握りしめた。
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