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ぴたり、と歌声がやんだ。
おそるおそる目を開くと、そこにはやっぱりあの少女がいた。
肩まで泉の水につかり、こちらに背を向けている。
「やっぱり、あなただった…」
トアの弾む声が、泉にこだまする。
彼女は何かをためらうように、こちらを振り向かない。
「ううん、なんでだろ、あなただったらいいのにって、思ってた…」
夢中で言葉を続ける。その言葉に、彼女がぴくっと反応し、ふっと振り返った。
美しい髪が日の光にきらめく。動揺しているのか、ゆらゆら揺れる瞳がこちらを見つめている。
それはトアが想像した通り、あの街で見たままの、海のガラスのように透き通る水色をしていた。
「怖がらないでいいよ…?これ、落とし物。」
怖がらせないようにそっと、アンクレットを差し出す。
一歩一歩、足を進める。気づけばトアは靴ごと、泉に入っていた。
彼女はトアの手に持ってるものをを見止めると、瞳を大きく輝かせて驚いた。そして、すーっと、滑らかな動作でこちらに近づいてきた。もう、何故なのかはわかるような気がした。彼女はその綺麗な瞳を潤ませ、首を傾げた。
どうして?そう問いかけているようだ。
何故か彼女はとても悲しそうだった。
「わからないけど…でも私、あなたがここに居ても驚かないよ」
トアの言葉に、彼女の口が一瞬、今にも泣きだしそうな小さな子供のように結ばれた。
その表情は確かに、悲しみから喜びへと移ろったように見えた。
はい。笑顔で右手を差し出すと、岩場のギリギリまでやってきて、片手で岩に手を付き、彼女もまた手を伸ばした。
−ありがとう
そう言うかのように、少しだけ首を傾げ、彼女はとても可愛らしく微笑んだ。
アンクレットが手渡された。
その瞬間、彼女はいたずらっぽく微笑むと、嬉しそうに透き通る水の底へと潜っていく。まるで見せてくれているかのように、美しい水色の尾びれがトアの目の前で水面を力強く打った。
「ふふふ…すっごく綺麗!」
嬉しくなって叫んでしまう。彼女も嬉しそうに、またぱしゃんと尾びれで水面を打った。しばらくくるくると泳ぎ回る姿を眺めていると、泉の中でキラっと強い輝きを放つ何かが一定の間隔で目に入ってくるのに気が付いた。
よく見れば、尾びれの付け根に、さっき渡したアンクレットがついている。
「まさか…!そうだったんだ!だから街でも…!」
彼女が話せないことなんてもうとっくに頭の中から忘れ去られてしまっていた。
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