豪快で繊細

1/1
前へ
/3ページ
次へ

豪快で繊細

 大学生の屋形(やかた)の前には、ビールジョッキを片手に豪快に笑う女性がいる。屋形にとっては初めて出会うタイプの女性で、名前は明乃(あきの)という。下の名前でなく、苗字が明乃というのだ。彼女はバイト先の先輩で、今日は店長の結婚祝いとしてバイト先のメンバーと居酒屋へやって来ていた。 あちこちから漂う居酒屋特有の匂い。ぼんやりと、早めに帰りたいなんて屋形は考える。でも、明乃とはもうちょっと親しくなりたい。別に、下心があるわけではないが、この人に興味があるのだ。  明乃は美人とも可愛いとも思わない顔立ちだけれど、何だか惹きつけられるような魅力を持った人だった。それは独特のセンスをした洋服のせいなのかもしれないし、今どき珍しいくらい真っ黒なショートヘアのせいかもしれないが、とりあえず屋形はこの人に少し興味があった。 「屋形くん、アタシね。酒は好きだし、人のことも好きだけど唯一好きになれないものがあるの。何だと思う?」  相当、酔っているのか明乃は目の前の席の屋形に絡んでくる。周りは各々飲んで食って、店長を囲んで話したりして楽しそうにしているので、新入りバイトの屋形は少々戸惑っているところだった。それに、明乃は普段そこまで特別に話しかけてもこないので、ちょっぴり嬉しくなってくる。 「わからないっす。何ですか?」  じっと明乃を見つめれば、明乃は一瞬だけ目を伏せ、自分の顔を指さした。思わず「顔?」と訊き返せば、明乃はまた豪快に笑い、こう続ける。 「可愛くもなければ、美人でもないでしょ。むしろ……自分で言うのもアレだけど、不細工寄りでしょ」  言い終わり、ジョッキの中のビールを飲み干した明乃は、まだ笑っている。 確かに本人の言うように、可愛いわけではないし美人でもないが、不細工だとは思わない。味のある顔だとは思う。頬にそばかすがあり、奥二重が守る目は髪同様真っ黒だ。鼻は少々低いが、形自体は悪くないのかもしれない。大きめの口元のおかげか歯並びもいいし……。でもこれを伝えてこの先輩が喜ぶか、それともお世辞だと捉えてしまうのか、屋形にはわからない。しばらく黙り込んで考えていると、明乃は「ごめん、困らせたか」と苦笑する。まるで、さっきまでの酔っぱらいが嘘のような声だったので、屋形は目を丸くさせる。 「アタシ、酒強いからさ。なかなか酔えないの」  屋形の心の中を見透かしたように、明乃が小さく笑んで呟く。意味もわからず、屋形の胸は痛くなった。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加