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二日酔いとお弁当
翌日のバイト先、たったいま出勤してきた明乃に小さく頭を下げる。「うん、おはよう」と返してはくれるが、その顔はほんのりと蒼白い。屋形以外に、店長もそれに気がついたようで、太めに描かれた眉を寄せた。
「あれ。明乃さん、ちょっとお酒飲みすぎた……?」
店長が、顔色の悪い明乃を心配そうに見ている。しかも、前を通りがかった瞬間に漂ったこのアルコールの残り香、二日酔いだろうなと、屋形は思う。本人が、酒には強いと話していたから、あのまま好きなだけ目の前で飲ませていたのがいけなかったのかもしれない。飲み放題だったのも、悪かった。だけど、あのときは飲ませてあげたかったのだ。酔えないと言って、明乃が小さく笑ったものだから……。
結局、解散する頃も、明乃は酔っているように感じられた。「ごめん、困らせたか」――そう言って苦笑した瞬間の酔っていないように見える顔なんて嘘だったかのようだった。
「すみません、店長。でも平気です」
明乃はリュックをバックヤードにある机に置いて、からから笑う。屋形には、それが空元気に見えてならない。これまで、この人が二日酔いで出勤してくるようなことがあったなんて記憶はない。屋形は明乃のことを、興味を引く人物だと思って、それなりに注目して観察していたから間違いない。
「わたしより酔ってたものね」
言いながら、店長はウォーターサーバーの水を紙コップに入れ、飲んでと優しく促している。この店長は優しい女性なので、あれこれ強い物言いもしない。仕事にはわりと厳しめではあるが、明乃がほとんどミスをしたりしない人だと知っているからこそこの態度なのかもしれないけれど。
「あはは。すみません。ほんと、珍しく酔いすぎました」
明乃は苦笑いして、店長から紙コップを受け取っている。そのままグイッといちどきに水を飲み干した。ビールのようなノド越しはなくとも、今はこれが一番のようで、すごく美味そうに飲んだ。もしかしたら、味付きの水なのだろうか? 変なところまで気になった。
仕事中、明乃はミスなんてしなかった。むしろ、新入りの屋形の方が危なかった。ヒヤヒヤしていたせいか、休憩に入るときに、屋形はやっと顔色の悪かった明乃のことを気遣うことを思い出したのだった。
「大丈夫すか?」
たまたま休憩が一緒だったので、滅多にしないが屋形の方から明乃に声をかける。明乃は弁当を広げながら、何のことだとでもいいたそうな顔をする。しかしそのうち、思い出したらしく、「ああ、大丈夫。ただの二日酔いだから」と笑った。確かに、時間の経った今はちょっとだけ回復したようにも見える。
「そうすか……」
屋形も頷きもって、コンビニ弁当を広げる。すると、明乃は「美味しいけど、身体にいいとは言えないよね。酒好きのアタシが言うのもアレだけど」と言って、屋形のコンビニ弁当を指さす。油たっぷりの唐揚げ弁当だ。野菜は一切入っていない。わかってはいるが、実家を出た今、弁当を作ってくれる人もいないし、自分で作ろうにもスキルがない。
「そうっすよね……」
さっきから同じような言葉しか発せていないことに気づき、屋形は一人で笑う。それにつられたのか、「機会があったら作ってあげようか」と明乃も笑う。酒を飲んだときの豪快な笑い方ではないが、ほんのりとその雰囲気があった。
ずっと、魅力を感じ、人として興味のあった明乃とこんな会話をしていることはあまり信じられないが、屋形は嬉しくなった。
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