気がついた

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気がついた

 明乃と、ちょこちょこ会話を交わすことが増え、屋形も新入りバイトとは呼ばれなくなったその年の冬のことだ。  街はクリスマスムードで、バイトしている自分たちはいわゆる「負け組」に入るのではないかなんて、バイト先の後輩と話していると、出勤予定ではない明乃がやってきたのだった。  何だかこれまでより、ずっとずっと華やかになった印象を受ける。独特なセンスの服装は相変わらずだし、短い黒髪も今まで通りなのに、不思議な話だ。 「お疲れ様です」  微笑んだ明乃は何だか照れ臭そうだ。そこに店長までも集まって、バックヤードにいる仲間たちにこう告げた。 「明乃さんが結婚します」  屋形は目を瞬いた。結婚、結婚……。きっと、アットホームな職場環境だから、こうしてオープンなのだ。明乃にそんな相手がいるとは知らなかった。屋形はなぜか、複雑な気持ちになっていた。 「もしかして、ここ辞めちゃうんですか?」  バイトの女の子が不安そうに問っている。この子は明乃が教育を担当していた元新入りの子だ。屋形も目をぎょろつかせて、明乃と店長を交互に見る。店長は「寂しいけど、おめでたいことだからね」と穏やかに微笑んだ。 「今までありがとうございました」  明乃がペコリと頭を下げる。そして、顔を上げたのと同時に屋形を見て微笑んだ。 「屋形くんにお弁当作ってくれる女のコが早く見つかればなあ」  じんわり、心が熱くなる。屋形は自分が泣きたいのか笑いたいのかわからなかった。  弁当を作ってあげようか――そんな会話をしたことなんて、もう忘れられていると思っていた。いや、もしかしたら本当に忘れられているかも。でも、この人がこんなことを気遣ってくれるのは、屋形がコンビニ弁当を食べ続けていたからなのかもしれない。    いつか、明乃は自分を不細工寄りだと言った。でも、そうじゃない。少なくとも屋形はそう思わない。仮にそうであったとしても、明乃のことを好きでいてくれる人はいるのだ。気遣いができて、飲んだら豪快に笑う人。話も面白い。ここまで考えて、屋形は自分の感情に気がついたのだった。  ああ、俺は明乃さんが好きだったのだと。 (完)
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