忘れかけた友

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忘れかけた友

 部屋の片隅から視線を感じ、俺は振り返った。  1人暮らしの部屋には自分以外誰もいない。引っ越しに向けたダンボールが大量に積み上げられているだけだ。だが、俺はすぐに視線の主の正体に気づき、ダンボールをかき分けてその方へと向かった。  部屋の片隅に佇むギターケース。ケースの表面に白い積もった埃は、約束を破った俺を無言で非難しているように思える。 (わかってる。忘れてたわけじゃない。ただ、忙しくて時間が取れなかったんだよ……)  俺はちくりと心が痛むのを感じながら、何度目になるかわからない言い訳を繰り返した。だが、音のない空間に漂うギターの視線は、やはり冷ややかなままだった。  俺の名前は奥野修二。今年で社会人3年目になる24歳だ。来年の4月から異動になり、それに伴う引っ越しの準備を進めている。   俺は大学時代にギターをやっていた。エレキやアコギではなく、クラシックギターだ。柔らかくて丸い音が出るのが特徴で、メロディーと伴奏を同時に弾くので1人オーケストラと言われることもある。  ただ、俺は最初からクラシックに興味があったわけじゃない。俺がクラシックギターを始めた動機はごく単純かつ不純。新歓で声をかけてくれた先輩が可愛かったからだ。  新歓当日、人混みに疲れ、校舎裏に避難していた俺に声をかけてきたのがその先輩だった。一目見てその笑顔にノックアウトされ、先輩に連れられるままに俺はブースへと向かった。  ギターのクラブだとわかったのは、ブースで説明を聞いた時のことだ。練習は週に2日から3日。夏休みや春休みには合宿もある。それを聞いて、俺は正直締めつけがきついと思った。楽器の経験なんてなかったし、練習についていけるかという不安もあった。  でも、合宿でバーベキューや打ち上げをしている写真を見るとすごく楽しそうだった。そして何より、この可愛い先輩ともっと一緒にいたかった。未経験でも大丈夫だという言葉に後押しされ、俺はその日のうちに入部届にサインした。
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