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――『異界』。
ここではないいずこか、此岸と彼岸、この世とあの世、もしくは、いくつも存在し得るといわれる平行世界。そんな未知の世界に異界潜航サンプルを放ち、そいつが得た情報を分析するのが俺たちの仕事。
だが、正直なところ、今の俺はそれどころではなくて。
「Xうううう聞いてくださいよおおおお」
とにかく、話を聞いてもらいたかったのだ。しかも誰でもよいわけじゃない、俺の話をしっかりばっちり最初から最後まで聞き届けてくれる、最高の話し相手に。
寝台の上に腰掛けたXは、ちょっと焦点のずれた目でじっと俺を見上げてくる。傍目には俺の親くらいの世代に見える――実際にはもうちょい若いらしいが――この冴えない面構えのおっさんが、『異界潜航サンプル』。生きた探査機、使い潰せる実験動物。
俺はこのおっさんについて、Xという識別記号と、刑の執行を待つ死刑囚だということしか知らされていない。サンプルの運用に背景情報は必要ない、というのがリーダーの判断だし、まあ、それに異論はない。
何よりも重要なのは、Xが、俺の理想の話し相手だということだ。
「この前からずっと話してるじゃないっすか、彼女のこと!」
Xは小さく頷いてみせる。Xはリーダーの許可がない限り声一つ出そうとしない。何もリーダーが喋るのを禁じたわけではなく、自分の意志でそうしているんだとか。そういうところも含めて、とにかく変なおっさんだ。
だが、それはつまり、俺が話している間は、絶対に余計な口を挟んでこないということでもある。
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