2.ジョン・ニッケルの親切

7/8
前へ
/122ページ
次へ
 いつの間にか月は雲に覆い隠され、あたりは真っ暗になっていた。ニッケルは記憶を頼りに歩き続け、古い小屋の前に到着した。庭仕事用の道具が収められた納屋だ。ここで懐中電灯をかっぱらうべきかどうか考えていると、眼前のやぶが突然割れ、小柄な人影が飛び出してきた。 「お前は!」  現れたのは広間で見かけた女だった。汗だくの顔が苦痛にゆがみ、息を切らしている。それに足が……ニッケルは絶句した。  女はニッケルを認識したとたん引き返す素振りを見せたが、そこでバランスを崩して地面に膝をついた。肩甲骨のあたりに突き立ったものが見え、ニッケルは大体の状況を把握した。 「落ち着け」  気づけば、ニッケルは小声で女に呼びかけていた。 「まだ動けるか? ついてこい」  そう言って納屋に向かう。納屋の脇には、地中になかば埋められた大きな樽があった。蓋をずらすと、白い湯気とツンとした臭いが立ち上る。ニッケルは振り返った。 「コンポストだ。ここに隠れろ」 「……」  女はニッケルを睨んでいた。だが人の声が近づいて来ると、よろめきながら立ち上がった。直径一メートルほどもある樽の中には、分解されて肥料になる途中の枯れ葉が詰まっている。女が義足の脚を入れると、ぐちゃりと水っぽい音が立ってすぐに沈み込んでいった。ニッケルは女の体が腰まで隠れるのを確認して蓋を閉め、声のする方へ向かった。  納屋から少し離れたところで、ニッケルは警備兵の一団にかちあった。中の数名はクロスボウを抱えている。先頭を行く下士官は、ニッケルを見ると顔をしかめた。 「情報局局長! なぜここに?」 「局員から連絡を受けて様子を見に来た。軍曹、何の騒ぎだ?」 「局長お一人ですか」  軍曹はニッケルの質問を無視した。ニッケルは片眉を上げた。 「トマスなら晩餐会で女を口説いてる。見ただろ。で、何があった?」 「何者かが敷地内に侵入したのです」  軍曹は、ニッケルの肩ごしに納屋を睨んだ。 「一人ついてこい。他は周囲をあたれ」  ニッケルは兵士たちが納屋の扉を開け、中をひと通り調べるのを見守った。納屋から出てきた軍曹はあたりを見回し、コンポストに向かって顎を振った。 「蓋を開けろ」  命じられた兵士は、クロスボウを構えながらコンポストに近づき、蓋をつかむと引き落とした。兵士たちがコンポストを覗き込む後ろからニッケルも首を伸ばす。懐中電灯の強烈な光に照らし出されたコンポストの表面は、枯れ葉が浮かぶばかりだった。軍曹は目をすがめた。 「何でもいい、農具を持ってこい」  指示を受けた兵士が納屋の中から柄の長い鋤を持ってきた。軍曹がそれを振りかざすのを見て、ニッケルは思わず口を開いた。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加