3.ジョン・ニッケルの隠蔽

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 届けられた報告書の束を、グレグソン大統領は気のなさそうに眺めた。  大統領の職務のほとんどが雑事だなんて、就任するまで想像もしていなかった。建国宣言に漕ぎつけるまでは、度胸と押し出しの良さだけで十分間に合っていたからだ。  こんな自分は、一人ではすぐに立ち行かなくなっていただろう。大統領は思った。ヴォーンとニッケルには一生頭が上がるまい。ヴォーンは七十を越えて怒りっぽくなったが、今なお統率力と行動力を発揮している。ニッケルはやや自信過剰なところがあるものの、物事の先を読み問題に対処する手際が鮮やかだ。  いつも率先して泥をかぶってくれるのも副大統領のタッカーではなく、この二人だった。二人が協力しあってくれさえすれば、何も心配は無いのだが……大統領は嘆息した。いや、心配の種ならもう一つある。よりによって、このおれの身内のことだ。  そこまで考えたとき、急に扉が開いて『心配の種』が部屋に入ってきた。 「父さん! 官邸に賊が入ったって?」  息子のグレゴリーだった。慌てて来たせいか、羽織ったジャケットは着くずれて袖口がまくれ上がっている。シャツの裾はパンツからはみ出し、黒い髪が頭の上でこんがらがっていた。 「なに、不審者が官邸の周りをうろついていただけだ、問題ない」  昨晩のヴォーンの怒りようを思い出しながら、大統領は言った。 「昼食後に報告会議がある。気になるようなら同席すればいい」 「報告? ……わかった、そうするよ」  グレゴリーはあいまいにうなずいた。ヴォーンやニッケルと比べると明らかに頼りない息子の様子を見て、大統領の口からは思わず苦言がこぼれた。 「心配してくれるのは嬉しいが、もう少し頻繁に来られないのか? 昨日の晩餐会だって、お前が手伝ってくれれば私の負担が減ったのに」 「それはタッカーの仕事だろ。ヴォーンもいる」 「実の息子がいるのに、他人を頼れと?」  大統領の言葉に、グレゴリーの口もとがひきつった。だが何か言う前に扉がノックされた。 「お入り」  入ってきたのはグレゴリーの妻、ビリーだった。グレゴリーと学生時代に知り合ったというビリーも心配そうな表情を浮かべていたが、態度は夫に比べてずっと落ち着いている。 「こんにちは、ハリー。昨日の晩餐会のことを聞きました。大丈夫ですか?」  大統領は目を細めた。 「グレッグにも言ったところだが、大丈夫、何の問題もなかったよ。二人とも、心配をかけたね」 「全くだよ! ここまで何も食べずに車をぶっ飛ばしてきたんだ。何かつまめるものがないか厨房を見てくる。君の分も取ってくるから、親父の相手をしていてくれよ」  そう言うと、グレゴリーは部屋を出ていった。ビリーは招かれて大統領のそばに座った。
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