3.ジョン・ニッケルの隠蔽

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「あんな風に言ってますが、あなたの顔を見るまでは本当に心配していたんですよ」 「だろうな、グレッグは昔から繊細だった。仕事は上手くやっているだろうか?」 「ええ、そうだと思います」  ビリーはうなずいた。グレゴリーは、農産物関連の国有企業クロップド・ホライズン社で役員をしている。ビリー自身は大学で講師をしていた。 「そうか」と言ったあと、大統領はしばらく沈黙した。  その場の空気から、ビリーは大統領が何かを切り出そうとしていることに気づいた。言い出しにくいことなのだろうか。身構えていると、ついに大統領が口を開いた。 「ビリー、どうかね……私はグレッグに、自分の跡を継いでもらいたいと思っているのだが」 「……まあ」  ビリーは言った。予想以上に大きな爆弾を落とされ、声がかすれた。 「昨日今日で思いついたことじゃない 。ずっと前から考えていたのだが、私も齢だし、そろそろ国内外に意思表示をした方が良いんじゃないかと思ってね。君はどう思う?」  無理よ、と頭の中で声がした。しかし、口に出してはそこまで言えなかった。 「何と言ったらいいか……。そんなこと、できるんでしょうか」 「もちろんできるとも。私が宣言すれば、それで終いだ」  ビリーの表情が曇る。それを見て、大統領は彼女が自分の権限を疑っているものと解釈した。 「私の決定に誰かが反対すると思うか? 例えばタッカーが?」 「いえ、そういうことじゃないんです。ただグレッグは……」  急に扉が開き、二人は揃って顔を上げた。グレゴリーが満面の笑みで帰ってきた。 「シェフのミートパイは相変わらず最高だ! 君も来てみろよ! 昼食前だから、一人ひと切れだけどね」  ビリーは大統領の顔を見た。 「行っておいで」  大統領は何ごともなかったかのように言った。ここで今の話を息子に打ち明ける気は無いようだった。  今はまだ。  昼過ぎまでに、ニッケルのデスクには昨晩の出来事についてほぼ全ての情報が集まっていた。クロスボウの矢に塗られていた毒は――成分分析に出すまでもなく、軍の兵器管理部門のサーバを盗み読みしたところ――一時的に人体を麻痺させる効果はあるが、量的に致死性はないと判明した。  その他の情報に目新しいものはなく、侵入者の足取りは屋敷林で見失ったのを最後に途絶えていた……公式には。ニッケルは報告会議のため大統領官邸に向かった。  会議室にはいつものメンバーの他、現場で出会った軍曹と大統領の息子のグレゴリーがいた。 「グレッグか、久しぶりだな」 「やあジョン! 会えて嬉しいよ。と言っても、こんな状況でなければもっとよかったんだけど」 「グレッグ、ニッケル、席につけ」タッカー副大統領が言った。 「閣下、よいですか?」 「始めてくれ」グレグソン大統領はうなずいた。
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