1.ジョン・ニッケルの奇襲

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 私邸に戻ったニッケルは、仮眠をとって六時に再度起床した。ダイニングで朝食をとっていると、ハウスキーパーのイーディスがやってきた。 「ジョン、昨夜の目覚ましですけど」  イーディスは、熱々のコーヒーを注ぎながら冷ややかに言った。 「オペラをかけるのは構いませんが、ボリュームが大きすぎますね。迷惑なのでやめてください」 「おれが設定したんじゃない、トマスに言え」  ニッケルは弁解した。若いころから面倒を見てもらっているこの年配の女性に、ニッケル兄弟は頭が上がらない。 「おれじゃないぞ!」  ニッケルは言いつのったが、イーディスは背中に無言の非難を込めて下がっていった。気まずい雰囲気の中でコーヒーを飲み干すと、ニッケルは帽子をかぶりコートを着こんで車に乗った。  建国記念公園――若き日のグレグソン大統領とヴォーン将軍率いる『ユートピア解放戦線』が最後の激戦を繰り広げ、ついに独立を勝ち取った場所――より南方に位置する市街地は戦火を逃れ、当時からの街並みがほとんどそのまま残っている。レンガ造りの建物に挟まれた古い通りには朝日がさしこみ、行きかう人びとでにぎわっていた。広がって歩く学生たちや隙間をすり抜けようとするバイクが道をふさぎ、車はおのずとのろのろ運転になる。ようやく郊外に出ると、フィリップはほっと息をついてスピードを早めた。  イトスギの並木を抜けると、濃緑色のセダンは情報局本館の前に到着した。建物は白い積み木をいくつか並べたような現代的な外観で、看板やロゴはどこにもない。周囲に自転車や原付、キックボードなどが雑然と置かれた様子は大学のキャンパスにでもいるようだった。  ニッケルはカードキーと個人認証のゲートを抜け、階段を上って局長室に入った。 「やあ大将」  室内には、主席分析官のアースキンがいた。はげ上がった頭に伸ばし放題の顎ひげ、突き出した太鼓腹のせいではちきれそうなメタルTシャツと腰穿きのジーンズ。年季の入った赤ん坊のようにも見えるアースキンは応接用のソファに腰かけ、手に持った端末から目を離さずに言った。 「今朝の早朝爆撃(ミルク・ラン)はどうだったね?」 「いつも通り、誰の記憶にも残ってない。議事録は昨日送っておいた通りだ」  ニッケルは奥のウォーク・イン・クローゼットに帽子とコートを置いて出てきた。 「ところで、なぜここにいる?」 「今日の定例報告はここでやろうと思って。自分の部屋にいると、若いのが次から次へと割り込んでくるからな」 「奴らに自転車置き場を整理させろ。ここは小学校か」 「そうだよ、知らなかったのか?」  アースキンは片手で頭を撫でまわしつつ、手元のノートPCを操作した。天井のプロジェクタが起動して、ニュースサイトやレポート画面が次々表示される。
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