1.ジョン・ニッケルの奇襲

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「まずはめぼしいニュースから。中国とインドは互いの経済制裁を強化した結果、自分の首を絞めている。フランスではストライキ。タイでもストライキ。アメリカでは食肉用の豚がハンガーストライキを起こしたらしい」 「めぼしいニュースがそれだけなら、世はなべてことも無しだな」  ニッケルはげんなりして言った。 「まだある。隣国イドアーの首都で、早朝の通勤時間帯を狙って爆弾テロがあった」  アースキンは横倒しになって燃えるバスのニュース写真を表示した。 「『イドアー半島の真理』が声明を出し、早速イドアー軍が山間地域の根城を報復攻撃してる」 「長引きそうか?」 「かなり」 「兵器製造に力を入れていれば、今頃隣国の内戦特需で大儲けだったのにな!」  ニッケルは嘆いたが、彼のグチに慣れきったアースキンはスルーした。 「次にSNSだが、諸外国がユートピアの体制を批判している」 「定期的に湧いてくるな」  ニッケルは忌々し気に言った。 「やつらは何の権利があって、ひとの国にケチをつける?」 「まあ、大統領が二十六年間変わってないのは事実だからな」  そう指摘するアースキンを、ニッケルは恨みがましく睨みつけた。アースキンを含むベテラン局員の多くはニッケルが他国から引き抜いてきた人材で、ものの見方がニュートラルだ。睨まれたアースキンは肩をすくめてプロジェクタの電源を落とした。 「それだけじゃないぞ。外務省(ヴォーン)の発言力がやたら強いし、文化省(フリン)はポンコツだし、統計省(アフマド)は亡命者だし。隣国はテロ組織としょっちゅうもめてるし……。うちの国って、周りを不安にさせる要素しかないんだよなあ」 「そこをコントロールするのが情報局だろうが」  ニッケルは窓のシェードを上げた。イトスギの上に姿を現した太陽が、国土をあまねく照らしている。これまで国際社会から槍玉に挙げられてもやってこられたのは、今でもユートピア国民の心に大統領への尊敬と信頼があるからだ。  だが、それも永遠には続かない。ニッケルは思った。特に若い世代は遠からず『変化』を望むだろう。 「そういえば知ってるか? あのケイトリン・ペイトンが電撃結婚したって」 「それはもういい」  ニッケルは急いで遮った。もう一つの憂鬱のタネを思い出してしまい、しかめっ面で振り返る。 「これで定例は解散だな。今日は晩餐会もあるぞ、さっさと仕事に戻れ」
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