2.ジョン・ニッケルの親切

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2.ジョン・ニッケルの親切

 電力事情のあまりよろしくないユートピア共和国では、首都・アーモロートといえど夜中まで開いている店はほとんどない。寝静まる街並みよりも少し高い位置で煌々と輝く大統領官邸は、空に浮かぶ城のようだった。  ブラックタイの紳士たちと古風なロングドレスの淑女たちの間を、お仕着せ姿の給仕がグラスやフィンガーフードの盆を持ってせわしなく動き回る。官邸内で催された晩餐会には国内の著名人も合流し、広間は心地よい音楽と軽い酔い混じりのおしゃべりであふれていた。  その様子を、ニッケルは監視カメラ越しに眺めていた。情報局のモニタリングルームでは官邸内外の監視カメラ映像が壁一面に並び、ニッケルが『アースキンのオタクたち』と呼ぶ若い局員が数十人、リアルタイムで監視している。 「AIを導入したお陰でだいぶ仕事が楽になったよ。そのうち人間は要らなくなるな」  中央の席に腰かけたアースキンは、モニタを満足そうに眺めた。 「で、問題なしか?」 「今のところはね。あんたはこれから会場に行くんだろ?」 「少し顔を出すだけだ」ニッケルは気の無い様子で言った。 「そうしないと、ヴォーンが嫌みを言うからな。あいつは実体の伴わないものを信じない」 「戻ってくるなら、帰りにシャンパンを取って来てくれよ」  アースキンの提案に、オタクの誰かが口笛を吹いた。  官邸に着くと、ニッケルは車の中で小型のインカムを取り出した。巧みなデザインで装着していてもほとんど目立たず、あごを引いて話したときのみ動作する。  ニッケルはさっそくあごを引いてつぶやいた。 「音声テスト。官邸に到着した」 『音声確認。局長、チーズの盛り合わせもお願いします』  局員の軽口を無視し、ニッケルは車を降りた。 「フィリップ、三十分で戻るからその辺で待機してくれ」 「了解です」  玄関ホールを抜け、古めかしい絨毯の敷かれたロビーを進む。会場広間に到着すると、先に現地入りしていたトマスが扉脇に立っていた。ニッケルは声をかけようとして、弟が一人でないことに気づいた。広間から漏れる明かりの影で、髪の毛先からヒールのかかとまで金色に輝く美女とささやき合っていたのだ。  開きかけた口を、ニッケルはぐっと閉じた。昔から、兄弟で女性にもてるのはトマスの方だった。鋭い目つきや強情そうな口もとなどのパーツは共通しているのに、なぜか小鬼(ゴブリン)めいて見えるジョンに対してトマスは印象的なハンサムと評されることが多い。砂色のくせ毛も、ジョンの頭に生えているものはまるで藁の塊――しかも年々寂しくなっている――だが、トマスの髪には女性が思わず手を突っ込んでかき回したくなるような魅力があるらしかった。
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