2.ジョン・ニッケルの親切

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 彫りの深いカフェオレ色の顔が並ぶ中に、つるりとした顔が小さな満月のようだった。アジア系だな、とニッケルは思った。この国では珍しい。ちょっと綺麗な顔をしているが、全くの無表情だ。 「愛嬌はあったほうが良い。でないとおれと二人、仏頂面のまま過ごすことになる……」  女は、体にほどよくフィットしたドレススーツに、膝上まであるロングブーツを履いていた。給仕ではないらしい、とニッケルは気づいた。来賓の一人だろうか。他の国ならいざ知らず、大統領の晩餐会でスーツを着てくる女性がユートピアにいるだろうか? 「誰を見てるんだ?」  トマスに問われ、ニッケルは視線をそらした。 「誰も」 「そうかい? 急にスラスラと話し始めたから、てっきり兄貴がここにいる誰かさんの描写をしているものと思ったんだが……」 「では、皆さんの健康を祝して!」  大統領がスピーチを締めくくり、広間は拍手に包まれた。そばに控えた楽団が演奏を始め、人が動き出す。ニッケルはどさくさに紛れて視線を戻したが、女の姿は消えていた。そっと観察していた野鳥が飛び立ってしまったような気持ちになる。  しばらく辺りを見回して、ニッケルは諦めた。 「……おれはそろそろ帰るぞ。後は任せた」  そう言ってきびすを返そうとしたとき、耳元でアースキンの声がした。 『局長、中庭の監視カメラに何か映ってる』  ニッケルは自然な動作であごを引いた。 「何が映ってるって?」 『よくわからんが、軍人と追いかけっこしてる奴がいるみたいだぞ』  隣でトマスがささやいた。 「警備の人間が入ってきた。ヴォーンに何か伝えてる」 「一旦ここを出よう」  ニッケルが言い、二人は足早に広間を出た。 「トマス、車を探してこい。外で待たせてある」 「わかった」 『中庭への出入り口はどこも軍人が固めてるぞ。広間の警備も増えてる』  アースキンが続報を伝える。駐車場に近い勝手口から外に出たニッケルは、トマスと別れて館の背後に回った。中庭は四、五メートルほどもある高い板塀に囲まれている。ニッケルは板塀に沿って早足で進んだ。
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