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夕飯に呼ばれた美香は台所で果物を切る母親から漂う甘美な匂いに誘われ、横に立った。
それまで一度も会ったことがない叔父という人物からもらったという外国の果物で名前は何というか忘れたが、テレビでも見たこともない形に美香は思わず興奮気味で切り分けられた内の半分を一人で食べてしまった。
種やヘタを気にすることなく夢中となって食し、あまりの美味しさに他の物を食べて気分を上書きしたくないという事で、先にごちそう様をして私室へと戻った。
腹持ちも良いのか食したのはりんごでいうと半分ぐらいの量であったが、空腹感は全く起こらず、その上で極上の味わいなので文句もない。カロリーも決して高くはないだろうし、仮に高くても少量ならばたかが知れている。
口内に残る果肉の感触と舌に残る芳醇な味わいが呼吸する度に、鼻から抜けてまだ楽しませてくれる。
美香は上機嫌でベッドに腰掛け、届いたままにしていた友人からのメッセージに忙しく返信をしていく。
そうして夜も更け午前1時頃だっただろうか。
日付がまわる頃から次第に睡魔に侵食されていた眼がついに限界を迎え、就寝前の歯磨きでもしようかと廊下を渡り洗面所の前までやってきた。
今にも寝てしまいそうな状況下でも長く続けている歯磨きの動作は無意識で行われる。
歯茎に挟まった果肉をこそぎ落とすように、しかし決して痛めつけないよう上手に手首を駆使して磨くと、気持ちの良いほどの大きめのものが取れた感触があった。
水で口内をゆすぎ、タオルで口周りを拭くが、何か違和感がタオルの柔らかい感触を止めた。
美香は目をこすり、半眼を起こして違和感の正体を確かめようとした。
右上――口角のやや上あたりに何かしこりのようなものがある。
指の腹で撫でると詳細が伝わり、それは粉瘤に近いものであった。
「気持ち悪っ」
嫌な顔をして独り言を吐き、念のため指の腹で再確認をする。
軽く叩いたり、優しくつねったりをするも解消されるものではないが、花の女子高生にこの出来物は辛い。化粧をしても目立ってしまうし、変な噂をたてられかねない。
無駄なあがきだと分かっていても何とか出来ないものかと諦め悪く触るが、出来物は居座り続け、立腹した態度を引っ込めようとはしない。
「はぁ……」
美香はついに諦めのため息を吐き、電気を消して私室へと戻った。
そして布団を頭まで被り、またしてもため息を吐いて静かに目を閉じた。
真夜中頃、時間は正確には覚えていないが自然と目が覚めた。
数ヶ月に一度あるかないかのスッキリした目覚めで、意識は鮮明であった。
それ故に、腹部に起こった爆発に脂汗をかいてうめき声をあげる。
耐え難い痛みであった。
掛け布団を床へと落とし、足をばたつかせながら痛みを訴える。
目を閉じ、閉じた隙間からは涙が零れる。
「だずげて」
まるで首をしめられたかのような振り絞る声で精一杯の助けを呼ぶも、家族はみな就寝中で隣の部屋は無音のままで美香が悶える姿など一切伝わっていない。
両手で腹部を抑え、痛みに抗い続けるも治まる気配はみられない。
それどころ、痛みは増々強くなって美香の精神さえも痛めつけていく。
治る余地もなく逃れられない絶望的な状況で美香は我慢の限界に達した。
それまで保っていた意識が遠退いき、突然こときれた。
意識を失う最中で腹部は心臓のように鼓動を始める。
筋肉痙攣のように小さな丘を数度作った後、風船のように膨らみ始める。
美香は妊婦のような姿へと変貌していくも本人は気づくことは出来ず、無抵抗のまま腹は膨張を続ける。
破裂するのではないかと思われた矢先にそれまで膨張していた腹はしぼみ始め、今度は鳩尾を膨らませはじめやがては胸の中央も肥大していく。
ベッドの上で華奢だった美香の体は上半身だけ一見するとアスリートのように体つきを変え、知る者からは別人のような体格へとなった。
そして終わること無く男性のように喉仏のようなものが喉仏に現れ、最後に口を自然と大きくあけると、一本の蔓が顔を覗かせた。
南瓜か西瓜か、はたまた胡瓜か。
蔓は外の世界へと出るやいなやバネのヒゲを無数に伸ばし始める。
美香の頭を預ける枕に絡みつくものもあれば、ライトがついたままのスマホに巻き付くものもいる。
いつしか蔓も枝分かれを始めやがては部屋中に思い思いに這わし、緑の世界を作るつもりかという程に部屋中、足場の踏み場がないほどまでに支配されていた。
植物が成長していくのにつれ、美香の体にも変化が訪れていた。
化粧水のせいか健康的で照りのある肌は今や干からび、後期高齢者のように皺を数多作り、その表面からは潤いを完全に失ってしまっている。
頬も痩せこけ、空いた口から見られる歯茎たちも萎びて一部では歯を支えきれずに何本か喉の奥へと落下してしまっている。
真っすぐと伸びる手足も肉付きが失われており、そこだけ見ればミイラのような様相を表していた。
蔓の活動範囲は美香の部屋だけでは手詰まりのようでついに外の世界へと出る時がやってきたかのように、差し込む月光のあかりに誘われ、小窓に這い寄る。
知能でもあるのか締めたクレセントを蔓とヒゲで上手に開け、無数の蔓がガラス面にへばり付くとごく僅かにだが窓をあけていく。
ついには隙間を作ることに成功した蔓はいよいよ、外の世界へと一歩踏み出した。
そこで蔓は動きを止め、新たな蔓を分岐させた。
他の蔓よりもそれは太く、成長度合いは推しながらも矮小な球体を実らせた。
そのすぐ横には蕾が膨らみ花が咲く。
綺麗な青色で例えるなら紫陽花と朝顔を足したような印象を持たされるもので、矮小な球体もそれに倣うかのように花をつけた。
虫や風の手伝いをお願いせずとも蔓は弧を描くように蔓を曲げ、二つの花が折り重なる。手前で受粉作業を終えた後、美香の口から枝分かれしていた蔓達は一斉に枯れ始める。
余分な養分を出さまいと、一筋の望みに全てを駆けるかのように受粉の終わった球体が膨らみ始める。緑色の西瓜のように、縞模様もなく泥だんごのような色合いで大人のこぶし大程の実が成った。
そこからも急速に熟れが始まり実の上部が裂け始めると、バナナの皮むきのように綺麗な果肉が現れる。そしてその中央には人形が膝を抱えて眠っていた。
月の光が優しく人形を包むとゆっくりと閉じていた目を開ける。
小さな欠伸をし、伸びをしたのち背中に潜ませていた羽を広げて夜空を駆け巡る。
誰もいない一人だけの自由な世界かと思われたが、既に先駆者がいたようで似たような姿の者たちが次第に数を増やし、夜空を我が物顔で飛びまわる。
地球上から人類が消え、今やこの人形が人に代わり地球を支配する。
人形はこうして星を巡り生きる寄生生物であったのだった。
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