魔法の手

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「…他の女を抱いて、お袋を壊して…何のうのうと生きてんだって思ってた」 そのカメラを手の中におさめたままで、大八木が言った。 「…うん」 「お袋がさ、少しおかしくなってから…親父仕事セーブしてたんだよ」 お袋と一緒の時間を少しでも捻出しようと思ったんだろうと大八木が呟いて。 「後から聞いたっつうか…知った話し…親父とやってた女…親父のカメラの恩師の娘だった」 「…え」 「お袋も、勿論それを知ってたろうし…余計ショックだったと思う。同期のしかも親父にとって大切な人の娘だろ?…もしかしたら本気かと思っただろうな」 「でも、違った…その女親父を脅してたんだ」 「…脅す?」 ぐ、と大八木が奥歯を噛んだ。 「このスタジオ…親父とお袋がまだ駆け出しの頃から2人で金貯めて…恩師から譲って貰えたやっと手に入れた場所でさ…最初はここに住んでプロポーズしてって、二人には大事な場所だった」 「その女…ここを譲れって脅してたんだ…元々、その女…自分の父親の権力で親父と結婚しようとしてたらしくて…まぁ、その恩師は好き同士の二人に割って入るなって諦めさせたんだけど…お袋に横取りされたって思ったんじゃないかな」 「御付き合いしてたの?」 「いや、10くらい違うんじゃなかったかな歳が。…親父にしたら恩師の娘で、大事だったとは思うけど、まぁ妹みたいなもんだったんじゃないか」 「ちょうど仕事セーブしてるし、有名って訳でもないカメラマンだった親父にとって…その女の言い値で売れば、お袋を休ませてやれると思ったろうし…ずっと、傍に居られるって考えたと思う」 それは、ここがどうでもいい、代わりの場所ですむ居場所だったらの話しで。 「…奪ってやりたかったんだと…お袋の特別な場所を」 心を手に入れられないからと、恋敵を傷つけようとするなんて。 「無駄な事に必死になる前に…他の幸せを探せばよかったのにね」 那月の何とも言えない顔を見た大八木が、ふわりと笑った。 「…結局。親父は断ったらしいけど…そしたら女がお袋に交渉するって言い出した」
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