最悪な男

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「…嘘八百、か…」 日付けをまたいでから自宅に戻った那月は、湯船に浸かりながら呟いた。 出てきたカードから読み取って話す。 嘘と言われれば完全には否定出来ない。 特に那月は、出たカードよりその後のアドバイスカードに重きを置いている。 四柱推命や西洋占星術に比べて、タロットカードは圧倒的に恋愛絡みで来るお客さんが多い。 貴女のお相手はこうですねと決めつけるより、こうゆうカードが出ているので、今こんな感じかな? とお伺いを立て、自分が読み取ったものを伝える。 ひとつのカードでも、状況や相談内容に寄っては読み取り方は色々あるから。 じゃあこうゆう事で、ここにこのカードが出てるのねと話しを進めていくのだ。 まだ初めて数年の那月は未熟で、他の占い師からすれば邪道かもしれない。 …それでも。 「嘘八百は、言い過ぎでしょ…どんな育ち方したのよあの人」 人の心を確実にへこませる言葉を、あえて選んでいる様に見えた。 違う物言いを知ってるのに、わざとそれを選んでいる気がした。 …とにかく、あの男にはもう会いたくない。 (と、思ったんだけどなー) 翌日、昨日より一時間ほど遅く裏口のベンチに腰を下ろしたすぐ後、男が現れてしまった。 今まで会ったこと無かったのに、2日連続とは何故に? 「こんばんは」 「………こんばんは」 半目で挨拶した那月に、 特に何も言わず、立てかけてあったパイプ椅子を開いて座ってしまう。 長い足を組み、ゆったりと煙草を吹かす。 「…」 「…」 何か昨日と違う。 無言の上にもっそい不機嫌と言うか…生気が無いと言うか…。 (まぁ、どうでもいいけど) 那月は膝の上に置いた本に視線を移した。 インスピレーションを大切にして占うと言っても、日々勉強と復習は欠かさない。 まだ会社勤めをしていた時からの、癖でもある。 パラ、パラと捲り何となく眺めながら文字をなぞっていく。 那月にとって、ここで休憩する時間は癒しのひと時だ。 27歳、日々書店店員で足りない生活費を補いながら、僅かな占い師としての対価を貰う毎日。 保険会社でバリバリ働いていた一昨年までの自分が嘘の様だ。 思い出したくもない以前の自分。 それを救ってくれたのが、学生の時から趣味にしていたタロットカードだった。 別にカードが救いの手立てをくれた訳では無かったけれど。 確かに力になったから。 それなら無気力な毎日を、この為に使いたかった。 「…昨日、悪かったね…」 数分黙っていた男が、ボソリと言った。 「……いえ、もういいです」 そんなー、気にしないで下さいよー、とは言えなかったけれど。 「…」 「…」 顔を上げると、男がこっちを見ていた。 …今日も無駄に整った顔をしていた。 これだけ整った男を前にして、ひとつも心が動かされない自分は、きっと根こそぎ枯れているのだろう。 それはきっと、昨日遭遇してしまったあの時間のせいでは無い。 人様の恋愛事情に首を突っ込むくせに、那月には恋愛をする気力は無いのだ。
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