魔法の手

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お父さんが他の女性と抱き合っている場面を見たのに、大八木は一言も父親を責める言葉を口にしなかった。 大八木だけ日本に残った事も、「その時は」押し付けられたと言った。 きっと大八木はそうでは無いと思っている。 それは多分。 愛しているということで。 「お母さんだけに使ってた、特別な何か…無い?」 大八木が瞬きをやめて、手の中の写真を見つめた。 大八木は携帯を手に取って耳に当てた。 「…もしもし、俺…。ああ、何もないよ…大丈夫だ」 大八木は単刀直入に切り出した。 「お袋の写真撮る時、何か特別な色とか使ってた?」 「…いや、仕事とか抜きにしても…惚れてんだから何か他には使わない小道具とか、場所とかあったんじゃねぇの?」 大八木は那月の言った言葉の意味を正確に理解してくれていた。 「…うん、…え?」 大八木が立ち上がって一度キッチンに消えた。 そして、椅子を持って帰ってくると、クローゼットの上の棚の奥から、白いボックスを取って戻った。 少しホコリを被ったその蓋を開けると、中から緩衝材に包まれた四角い物を取りだした。 耳に携帯を挟んで、それを破き中の布に包まれた物をそっと開いた。 古い、ポラロイドカメラだった。 「…あったよ…これ、使えんの?」 暫く会話をした大八木は、携帯を切ると那月に微笑んだ。 「…ビンゴ。お袋しか撮らなかったカメラだ」 それは大八木の父親がカメラマンになるきっかけになった、大切なカメラだった。 彼女しか撮らないと決めたから、ここに置いていったのだ。 ぎゅっと胸が詰まった。 大切なカメラを置いて行った。 大切だからこそ、持って行く事も出来たのに。 それは、彼女以外要らないと言う…彼の父親の意思表示の様に思えた。
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