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「…ただえさえ弱ってるお袋に、敵意むき出しの女を近づけさせたくなくてあの夜…仕事終わりに話し合いをした時、一度だけ寝れば諦めてやるって言われた親父は…最悪の選択をした…」
確かに、最悪だ。
きっと彼女は、お母さんが来るかも知れないと思いながら、誘ったはずだ。
「多分親父も疲れて…正常な判断も難しかったんだろう…だいたい普通に考えて1度で終わるはずねえだろ?…今度はそれで脅されたはずだ…まあ、お袋がああなった事で…師匠に知れて終わったけど」
何年か後に、直接師匠から聞いた大八木はやっと…許せないながらも事の真相を知り…ここを守る事を決めたのだそうだ。
「…親父は向こうで、細々とやってる…お袋が会いたがらねぇし…消えろって泣き叫ばれたのが効いたんだろうな。姉貴のサポートしながら向こうに居る方がいいと思う」
大八木は、寂しい時間を過ごしてきたのだ。
「…そのカメラ、どうする?」
お母さんにどう関わるのかは、家族である大八木が決めるべきだ。
「…そう、だな」
少し考える、と言った大八木がサラリと那月の髪を梳いた。
「ありがとな…重い話しだったろ?」
「ううん、話してくれてありがとう」
熱出てないか?と大八木が那月を抱き寄せる。
「大丈夫…それよりお昼何食べたい?」
「ん?昼飯?…買ってくる…お前何食える?」
作るよと笑った那月に、大八木が眉を寄せた。
「馬鹿、熱でも出たらどうすんだ…じっとしてろ」
過保護だなと思いながら、それはこれまで大八木が進んできた時間がそうさせたのだろうと思う。
「じゃあ、一緒につくろうよ」
「あ?」
「律人、料理上手でしょ?」
「上手いってほどでもねぇよ、下で出せるようなもんだけで…お前みたいに、食卓に並ぶ様なのは…」
大八木の胸から香る、柔らかな柔軟剤の匂いを吸い込んで那月がふわりと笑う。
「二人で作って、二人で食べよう?」
きっと楽しいよ?
大八木にはきっと、少し強引な方がいい。
諦めて、慣れて…求めなくなった当たり前をあげたい。
きっと無意識に避けてしまう触れ合いをあげたい。
してあげる、では無く。
しようよ、したいの…の方がきっと近づいてくれる気がする。
「律人のサンドイッチがいいなぁ…私挟むコロッケ揚げるから…ね?食べたいっ!」
大八木は困って瞳を揺らして、揚げ物食えるのかよ…と笑った。
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