魔法の手

5/10
1349人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
「…ふぃ~、余は満足じゃ…」 「…」 せっかくだからと屋上に出て、サンドイッチとレモンジュースの昼食。 ポンポンとお腹をさすった那月。 「…そりゃあ…よかったな」 大八木が引く程食べた那月。 具合が悪い時は食べなきゃ治らない。 おばあちゃんの格言だ。 「…ねぇ、律人」 「ん」 食べながら考えていた事を切り出した。 「律人の冷蔵庫に、私のシフト貼っていい?」 「は?」 「昼は本屋さんで働いてるんだけど、シフト制だから、休みがバラバラなの」 「うん」 「シフト貼ってたら、私の休みが分かるでしょ?…あ、水曜日はとりあえず固定だからね」 「…うん」 「だから、用事があったらすぐ呼んで。ライブだってガンガン手伝うからね!」 いつだって、ちゃんと捕まえられるとわかって欲しい。 何処に居るか把握出来るという安心感をあげたかった。 携帯ひとつでいつでも繋がれる世の中だけれど、それだって繋がらない時はある。 仕事中だとわかれば不安は少ないだろうと思った。 「…うん、貼って」 ぽそりと大八木が答えた。 少し照れたような、子供みたいな表情だ。 良かった、思いつきは間違いではなかったみたいだ。 「あ、そう言えば那月…」 「うん?」 大八木が立ち上がって柵に近づいた。 煙草に火を付けて、振り返る。 「この間、お前の話し聞いた時…言おうか迷ってやめた事ある」 「え?なぁに?」 「…お前、誰とも違うぞ」 「…は?」 意味がわからずに首を傾げた那月を、大八木は面白そうに見つめていた。 「声も、手の動きも…考え方も…全部…お前は綺麗だ」 「…う、ええ?」 いきなりの直球にたじろいだ那月に、大八木は言った。 「お前とその他は違う。…俺に取ってお前はお前だけで…手が届かないからって代わりで満足出来る相手じゃない…お前じゃないなら…他を欲しいとも思わない」 言葉も出ずにただポカンと口を開けた那月の瞳がみるみる潤んだ。 「あの、美味そうに笑った顔を見た日から…多分お前が好きだった…俺を選んでくれてありがとう」 「…う、うぅ…はいぃ…どう、致しましてっ」 「…っ、ははっ、ブサイク…」 誰のせいで泣いていると思ってるのと立ち上がり、突進して抱きついた。 「あ、ぶねぇな…お前火が…」 片手で受け止めて煙草を遠ざけながら大八木が笑う。 「…怖かったんだ多分、お前にハマって逃げられるのが…もう、逃げられる前に拘束してでも繋ぎとめるって決めた」 行儀悪く煙草を指で弾いて灰皿に入れた大八木が、長い腕で那月を抱き締めた。 「…もう、諦めるのも…そんなもんだって納得するのもやめる」 泣きながら頷く那月の額に、誓いのようなキスが落ちる。 「…明日も、明後日も…ずっと俺と居ろよ…な?」 「うん…うん、ずっと居るよ…当たり前でしょ?」 ぎゅうぎゅうと抱き合って、額を合わせて微笑み合う。 穏やかな休日に、二人は共に進む未来を約束した。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!