最悪な男

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最悪な男

冬とは言えさ…、暗いけどまだ、20時過ぎなんだけど…。 水曜日の夜は暇だ。 皆、週の中日の体力を温存する為に無意識に大人しく過ごすのだと思う。 元々はオフィスが入っていた3階建てのビルを改装して、金尾 那月の働く占いの館は営業中だ。 早めに休憩に入りのんびりお客さんを待とうと、ビルの裏手にあるベンチに腰掛けた所で耳が不穏な音を拾っていた。 「ああっ、やっ…だめっ」 「…」 ーダメならこんな所で盛らないで欲しい。 20代も後半の女が悲鳴をあげる程の事ではないけれど。 那月はため息を噛み殺した。 働くビルの裏口を出てすぐの壁に沿って置かれたベンチの目と鼻の先に、貸スタジオとライブハウスが併設されたビルがあり、その裏口のドアが見える。 低いフェンスだけの境界線の奥、左の視界のスレスレの壁の切れ目から女性の声が細切れに漏れてきていた。 持参したマグボトルのコーヒーと、タロットの教本。 これでのんびりしようと思っていた那月はゲンナリと足を組んだ。 壁の隙間は狭い。 関係者以外が入り込む可能性は少ないだろう。 きっとライブハウスの関係者だ。 顔を合わせれば気まずいのだが、こっちがコソコソ中に入るのも癪だった。 ポンと蓋を開けて、まだ温かいコーヒーを飲む。 人生、思ってもみない場面に遭遇する事は、結構ある。 いくら抗っても避けられない日だってある。 それを知ってから那月は、命の危機に晒されない以外は無理に避けない事にしているのだ。 そしてほんの少し、好奇心もあった。 一体どんな人がこんな所でやらかしているかと。 羞恥心より触れられたいと思う女性と、こんな所で女性に触れることを躊躇わない男の顔を拝んでやろうという、野次馬精神。 少しくらい気まずい顔をさせてやろう。 …自分の性格の悪さはちゃんと認識している。 女性の切迫した声が止み、次に聞こえたのはやけに甘えた声だった。 「…律人…この後…」 「んー?帰りな…もう用ないでしょ?」 うわぁ…、いい声だけど、最低な返しだわ。 他人事ながら、女性が可哀想だ。 「…っ、ひどい」 「酷いか?…誘ったのお前だろ。…こんな所で平気で股開く女を、この後どこでもてなせって言うの?」 うん、オブラートってものが無い。 この男は最低だ、間違い無い。 時間が無いからまた今度…くらい言えないのかな。 女性が壁の隙間から駆け出して、那月に気づく事無くドアを開けて中に入って行った。 目が合わなくて良かった。 …結構可愛い人だったのに、相手の男はどんな顔をしているんだろう。 気だるげな足取りで、その男が姿を現した。
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