第1夜「はづきちゃん」

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第1夜「はづきちゃん」

それは朝から雨が降ったり止んだりの グズグズとした夕方のこと…。 「今年は梅雨入り、早いんですかね…」 グラスを拭きながら大下くん(見習いバーテンダー)が 憂鬱(ゆううつ)そうにつぶやいた。 「どうだろうね…」 僕はカウンターを拭きながら微笑んだ。 シエスタは地下にあるから窓から外の景色は見えない。 ただ、扉が開くたびに少し湿った空気が入ってきて それは梅雨の空を連想させた。 「大下くん、そろそろ時間なんじゃない?」 大下くんは先月からカクテルバーテンダーの 専門学校に通い始めていた(僕が通っていた所だ) 「あっ、やべっ!!ユウくん、俺行きますね!」 「後はやっておくよ。頑張って」 「うぃーっす!!」 テキストの入ったトートバッグをつかむと 大下くんはシエスタを飛び出して行った。 張り切ってるなあ…(笑) 最初から飛ばし過ぎなきゃいいけど…。 僕がそんなことを思っていると、 入口のドアが開いた。 「こんばんは、お一人様ですか?」 入ってきたのは高校生…いや、中学生くらいか?の 可愛らしい女の子だった。 大きめのバッグを持ち、少しオドオドとした その顔立ちになんだか見覚えが…(?) 「あ、あのっ…」 「はい…」 「ユ、ユウくん、ですよね?」 「はい、ユウは僕ですが…?」 「わ、私、はづきといいます。イサムの妹です」 「え…?イサムちゃんの??」 よく見れば、まんまるい目や小さな鼻が イサムちゃんによく似ていた。 だから、見覚えがあったんだ…(納得) 「イサムちゃんに会いに来たの?イサムちゃんなら…」 イサムちゃんはシエスタの2件先にある、 ゲイバー「ムーンライト」の見習いホステスさんだ。 (イサムちゃんのことはseason1・18夜、 season2・13夜でね) 「いえ、ユウくんに会いに来ました!」 「僕に…?」 「私を…ここで働かせて下さい!!」 はづきちゃんはそう言うと思いっきり頭を下げた。 えええっ…!!  いやいやいや…(困) 僕はびっくりしながらもはづきちゃんにたずねた。 「はづきちゃんは…いくつなのかな?」 「…14歳です」 「中学生、だよね?」 「…はい。…ダメ、ですか?」 「そうだね…ここはお酒を出すところ、だし」 はづきちゃんは悲しそうに項垂れ(うなだ)た。 「はづきちゃん、イサムちゃんや頼子さんは、 はづきちゃんがここに来てることを知ってる?」 はづきちゃんは首を横に振った。 頼子さん(おかあさん)にも話さずに出てきたという ことは…。もしかして、家出…?? 「とりあえず、ここに座ろうか?」 僕はカウンターの席にはづきちゃんを座らせた。 「はづきちゃん、お腹空いてない?」 「だ、大丈夫です!」とはづきちゃんは言ったが グウ〜っとお腹が鳴るのが聞こえた(笑) 「はづきちゃん、ハヤシライスは嫌いかな?」 「大好きです!でも…あんまりお金なくて…」 「大丈夫。まかないだから、ごちそうするよ」 僕は微笑んで、棚から楕円のお皿を出して 若菜ママお手製のハヤシライスをを盛ると、 はづきちゃんの前に置いた。 はづきちゃんがゴクリと唾を飲み込むのがわかる。 「遠慮しないで。どうぞ」 「は、はい!いただきます!!」 パクパクと勢いよく食べ始めたはづきちゃんに お水を出してから、僕はカウンターの端で携帯から こっそりムーンライトに電話をした。 しばらくすると、 「はづき!!」とイサムちゃんが飛び込んできた。 「お、お兄ちゃん!!」 はづきちゃんはイサムちゃんの顔を見ると クシャっと泣き顔になって イサムちゃんにしがみついた。 「ユウくん、ごめんなさい!妹が迷惑かけて…」 「大丈夫だよ、イサムちゃん。そうだ、 イサムちゃんもハヤシライス食べていきなよ」 「え…いいの?ユウくん??」 「今用意するよ。そっちのテーブルで一緒に食べな」 「ありがと、ユウくん!!」 イサムちゃんにもハヤシライスを出して、 はづきちゃんと共にテーブルに座ってもらい、 2人は美味しそうにハヤシライスを食べた。 後でイサムちゃんに聞いたところ、 学校でイヤなことがあったはづきちゃんは イサムちゃんに会いたくなって家を飛び出したそうだ。 イサムちゃんからシエスタの話を聞いていたことも あって、はづきちゃんはここで働きながら イサムちゃんと暮らしたいと考えたらしい。 兄弟のいない僕には 少し羨ましい話だった…。
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