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第2夜「たきちゃん」
それは夜もかなり更けた頃…
「こんばんは〜」とやってきたのは
ムーンライトの売れっ子ホステスである
たきちゃんだった。
「いらっしゃい、たきちゃん…あ…」
今夜のたきちゃんは1人ではなかった。
185センチの巨漢に抱きしめられるように
入ってきたのは…
「涼くん…だよね?」
「久しぶり…ユウくん」
それはかつてはたきちゃんの元で生活の全てを
たきちゃんに支えられていたのに
ある日忽然と居なくなったあの涼くんだった。
(「シエスタにて」第2夜)
「たきちゃん…どうして…」
「戻ってきたのよ、私の元に」
たきちゃんは少女のように頬を赤らめて微笑んだ。
「でもたきちゃん、それは…」
涼くんは…お金がなくなったから戻ってきたんだよ?
「いいのよ、ユウくん。それ以上は言わないで」
たきちゃんはいいかけた僕の言葉を遮ると、
「今日はテーブルにするわね。こっちよ、涼」
「うん」
テーブル席へ行こうとする涼くんに僕は声をかけた。
「涼くん!」
「な、何?ユウくん…」
「腕時計はどうしたの?」
「えっ…あれは…」
高級外車が軽く1台は買える金額の腕時計だけを持って
たきちゃんから去って行ったはずなのに、
涼くんの腕にはその時計はなかった。
「いいから!ユウくん!!」
僕が言葉を続けようとするのをたきちゃんに制された。
たきちゃんは…
わかっているのに、何もかも飲み込むつもりなんだ…
僕は胸の中がモヤモヤしていた。
もちろんお節介だってわかっている。だけど…
「ユウくん、ジャック・ター!」
「…かしこまりました。涼くんは?」
「えっと…お任せで」
「了解。…涼くん、苦手なお酒はある?」
「大丈夫…」
たぶん僕はものすごい顔をしていたのだろう。
僕の顔を見た涼くんはギョッとした表情をすると、
あわてて顔をそむけた。
たきちゃんのジャック・ターを作りながら
僕は涼くんへのカクテルを考えていた。
なぜかひとつしか思い浮かばなかったけれど(苦笑)
僕は棚からアプリコット・リキュール、アブサン、
シャルトリューズ・ジョーヌと3本のリキュールを
取り出してそれぞれをメジャーカップで測り、
次々とシェイカーに入れた。
それをシェイクしてショートグラスに入れる。
鮮やかな黄色のそのカクテルは…
「お待たせしました。」
たきちゃんの前にジャック・ターを、
涼くんの前に黄色のカクテルを置く。
「黄色だ…ユウくん、これは?」
たきちゃんの問いかけに
「イエローパロット、だよ」
「変わった名前…意味は何かあるの?」
「黄色のオウム、という名前だよ」
「オウム!?へぇ〜…」
涼くんは黄色のカクテルを恐る恐る口に運んだ。
「つ、強っ!!」
思わずむせる涼くんに僕は
「40度あるから気をつけて」
と静かに言った。
「ちょっとユウくん!!」
何か文句を言いかけたたきちゃんを遮って
僕は涼くんを見ながら言った。
「涼くん。このカクテルにはカクテル言葉があるんだ。
知ってる?」
「カクテル言葉…?いや、知らない…」
「『騙されないわ』だよ、涼くん」
青ざめて身を固くする涼くんの隣で
たきちゃんがため息をついた。
そんな2人に「ごゆっくり」と声をかけて
僕はカウンターへと戻った…。
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