12人が本棚に入れています
本棚に追加
第一章
街の外れにぽつんと建てられているその施設の意味を、私は初めて自覚した。
正門の奥に見える建物は会社の社屋に見えなくもない。レンガ製の堅牢な建物は威圧的な印象と包容力を持っている。私たちを乗せたマイクロバスは正門をくぐって玄関の前で停車し、一人ずつ降車するように指示される。検査室と記された部屋に通されると、制服を着た女性職員が両手を上に挙げるように言った。従うと、腋の下から足にかけて丹念に身体を触る。五分ほどで検査が終わると、私の他にマイクロバスに乗っていた四人の少女たちと共に一列に整列する。最後尾に並ぶと、「進め!」と号令がかけられた。
美丘女子学園に、五人の入院が認められた。
屋根しか設けられていない渡り廊下を行進し、先頭の職員が腰にぶら下げている鍵束を取り出して施錠を解く。全員が入室した後に別の職員によってまた施錠がなされる。通された一室には温和な顔をした壮年の女性が立っていた。
「あなたたちを長い期間をかけて社会へ戻します。断っておきますが、あなたたちは決して落ちこぼれではありません。一度踏み外した道でも、また元に戻ることが出来ます。犯した罪と向き合って、社会へ貢献できるように研鑽を重ねてください」
壮年の女性は短いスピーチを終え、目で他の職員に合図した。他の少女たちにそれぞれ職員が横につき、一人ずつ部屋を出ていく。私は最後に部屋を出て、左右に並ぶ部屋の中の一つに通された。
私に付き添った職員は部屋の中央に足を崩して座るよう指示した。
「ここから先は気を楽にして聞いてください。私は法務教官の浅西瑞穂です。今日から一年間、あなたの担任となります。私のことは『教官』か『先生』と呼んでください。慣れないかもしれませんが、それがルールです」
頷くと、浅西は冷静に言った。
「大山詩織さん。あなたは傷害罪で少年院に送致されました。少年審判によって美丘女子学園に本日付で入院し、長期処遇としてここで過ごします。期間はあなたの行動や態度によって変わりますが、おおむね一年程度と考えてください」
再び頷くと浅西は今後のことを説明した。
今日から数えて十日間、私は考査生という身分になる。自らの罪を反省し、更生のために何が出来るかを考えて最終日に作文にまとめる。それが終われば予科生となり集団生活が待っている。集団行動の規範をひたすら身体に叩き込まれた後は更生のための教育期間として中間期に入る。出院。つまりここを出ることになれば出院準備生となり、社会へ出ることになる。
説明を受けた後、浅西は「何か質問は」と聞いてきた。かぶりを振ると、彼女は鉄仮面のような無表情のまま部屋を出ていき、扉を施錠した。がちゃり、という音が永遠に続くような感覚に囚われる。遠くから聞こえる環境音は私を唯一正気に戻させる。何かを断続的に踏む音。行進。私たちより前に入院してきた子たちの一糸乱れぬ動き。胡坐をかいた私の前には灰色のコンクリート製の壁。上方に長方形のはめ殺しの窓がある。
「大山詩織さん」
呼ばれたので振り向くと、浅西とは別の職員がドアに設けられた鉄格子から覗いている。
「理由もなしに覗き窓に背を向ける行為は懲罰の対象になります。以後気を付けるようにしてください」
私は謝罪の言葉を口にする。職員は頷き、覗き窓から顔を離して左に消えていく。
なんてことはない。ただの社会の縮図に過ぎないんだ。
頭を深く垂れ、畳敷きの床を見やる。所々古びているが別に気にはならない。生家に比べたら何もかもが異質だ。十年前の私にここにいることを伝えたら信じられないと口を尖らせるかもしれない。どうしてここにいるのかというのも上手く思い出せない。多分、私の中にもう一人の「わたし」がいて、彼女がやったのだと思っている。陳腐かもしれないが、私を守るための一種の処世術として機能しているのだ。
虚ろな記憶を辿っていくうちに物音で現実に引き戻される。覗き窓の真下にある僅かな差込口から盆に載った食事が差し出されていた。
「食事は四十分以内に全て済ませてください」
大人の女性の言葉に対して曖昧に頷き、ゆっくり箸を動かす。味のしない食事は久しぶりだ。ここに入る前の食事ですらしっかりと味わうことが出来た。不思議な感覚だったが、空腹に抵抗することは不可能だった。
食事を終えてしばらくしてから浅西が顔を出した。
「九時十五分に消灯。翌日七時に起床となります。明日の九時からは他の考査生と共に内省の時間となります」
私と共に入院した四人の少女たちも同様に、一日中罪の反省と更生への決意を固め、最終的に作文にして提出する。言い換えれば九日間の自問自答の末に私たちは集団行動を強いられ、社会にはめ込まれるのだ。憂鬱な気分になったが、ここから逃げ出せるほど強くはない。
浅西が去った後、無機質な女性のアナウンスが消灯を告げる。部屋はぼんやり暗くなり、私は事前に敷いてあった布団に潜り込んで眠った。
最初のコメントを投稿しよう!