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 そんな僕の声におじさんがこっちを向く。 「やはり誰かいたか。そうだ。生まれた頃から見えない。――突然、隣に座ってしまってすまなかった」 「ビックリしたけど大丈夫」 「移動しようか?」  僕は。  そこから二人共黙ってしまい気まずい沈黙が訪れた。少なくとも僕は気まずかった。 「おじさんはよくここに来るの?」  言葉を言い切った直後に『おじさん』と呼んだことをまずいかなと思いそっと顔色を伺った。だけどその表情に気にしている様子はない。 「時々だ。君は毎日来るのか?」 「一週間に一回。多い時には三~四回来るよ」 「私もそのくらい来たいものだ。ここは人気がなく騒がしい日常とは別世界のような場所だからな」  僕は何となくおじさんがこの場所の静けさを肌で感じているように思えた。 「僕も外は嫌いだけどここは好きだな」 「外が嫌いなのか? それまた何故だ?」 「……。おじさんは見えないから分からないと思うけど、僕は生まれた時から体が良くなくてその所為で顔が普通じゃないんだ」  おじさんは返事に困ったのか少し間を空けた。 「―――そうか。君も大変な思いをしてるんだな」  そして再び沈黙が訪れた。  だけどこの沈黙はおじさんにとっても居心地が悪かったのかすぐに話題を変えるように話し始めた。 「君は他の国には行ったことあるかい?」 「ないよ。この街からも出たことないのに」  僕は足をぶらつかせながら答えた。 「おじさんはあるの?」 「そりゃもう仕事柄、色んな国に行ったことがある」 「どんな仕事してるの?」 「そうだな……」  おじさんはスゥーっと息を吸いながらすぐには答えなかった。 「情報を扱う仕事だ。君にはまだ難しいだろう」 「うん。じゃあ、最近はどこに行ったの?」 「そうだな。最近は……」  おじさんは再びスゥーっと息を吸いながら僕の質問に答える為、思い出しているのかまた少ししてから答えた。 「フランスに行ったよ。何といっても、ワインが美味しかった。それと一緒に食べる料理もどれも舌鼓を打つほどだ」 「僕はまだ子どもだからちょっと分からないよ」 「そうだった。すまない。あぁ、そうだ。ホテルから広がるパリの夜景に溶け込みながらも良さをより一層引き立てるエッフェル塔も素晴らしかった。それでいて、足元に行けば圧倒的存在を感じさせてくれる」  楽しそうに話すおじさんを見ながら僕は違和感を感じた。そしてその違和感はすぐ疑問へと姿を変える。 「あれ? でも、おじさん見えないのになんでそんなことわかるの?」  するとおじさんは僕の方を向くと笑みを浮かべた。 「中々鋭いじゃないか。だが、これは私の友人が言っていたことだ。視覚的情報があった方が君も想像しやすいと思ってね」  それからおじさんは色々な話をしてくれた。料理や建造物、体験談。どれもまるでおとぎ話のように楽しい話。もっと聞きたかったけど一通り話し終えた時におじさんの携帯が鳴った。  その音におじさんはコートのポケットから取り出したのは二つ折りの携帯電話。このスマホの時代に古い携帯電話。変なの。 「私だ。――あぁ、分かった」  相手の人にそう伝えると携帯を閉じてポケットに仕舞った。 「すまない。今から仕事だ」 「お話聞かせてくれてありがとう」 「なに、これぐらい構わない」  おじさんはそう優しい笑みを浮かべると立ち上がった。 「あの、また会えるかな?」 「そうだな。――君がここに来ることを止めなければまた会えるかもしれない」 「それじゃあその時はまたお話聞かせてよ!」 「もちろんだ。また別の国の話を聞かせてあげよう」 「約束ね! あっ! おじさんお名前は何て言うの? 僕はオルギン・ワインダーって言うんだ!」 「良い名前だな。私は……そうだなぁ。――R。そう呼ばれている」 「おぉ~。コードーネームみたいでかっこいい!」 「ありがとう。それじゃあ、私は仕事に行くよ」 「じゃあね」  僕の振った手に返事をするようにおじさんは手を振り、そして去って行った。それから僕は一人の時間を楽しみ、暗くなる前に家に帰った。
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