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 横で一緒に読んでいたママは封筒に手を伸ばした。そして中から長方形の紙を一枚取り出し、それを見て目を大きく開いて驚いていた。  その表情に僕もその紙を覗き込む。そこには一とその後ろに沢山ゼロの並んだ数字が書かれていた。 「なにこれ?」 「これは小切手っていうのよ」 「何に使うの?」 「簡単に言うとお金よ。ここに書かれた分のお金をあなたにあげますってことなの」  正直こんな紙切れがお金って言われてもピンとこない。それより気になることが僕にはあった。だからもう一度視線を手紙に落とす。 「ママ……僕……」 「学校に行きたいの?」  ママはすぐに僕が言おうとしていることを理解してくれた。 「うん」 「――わかったわ。それじゃあ今夜パパに相談してみるわね」  その夜、パパとママは今日のことについて話し合ったらしいけどパパは僕がまた学校に行くことに対して大賛成だったらしい。そして一週間後、僕はママと一緒にアウエルニース小学校を見学しに行った。校長先生はとても良い人で僕はママと話し合ってここに通うことに決めた。  それからの小学校生活はそこまで悪いものではなかった。確かに、いじわるする子もいたけどそんなことが気にならいくらい良い事があった。それはお友達が一人できたこと。それだけで僕は小学校を楽しく過ごせた。  そしてその後は高校大学と進学していき、その間に留学としても旅行としても海外に何度も行った。おじさんの言う通り、世界には色んな人がいた。他の人みたいに僕を変な目で見る人やおじさんみたいに普通に接してくれる人。世界には本当に色んな人がいる。  今なら分かる。あの時の自分はほんのひと欠片にも満たない人たちと接しただけで世界中の人が同じようであると決めつけていた事が。世界の広さは己の目で直接見なければ分からない、と大学の教授が言っていた言葉が。叔父さんの言葉が。僕は心から理解出来た。  そして大学を卒業した僕は作家となった。おじさんから聞いた話と自分で体験した出来事を参考に物語を書いている。今この瞬間も。          * * * * *  最後の文字を打ち終え作品を完成させた僕は両手を天井へと思いっきり伸ばした。体の気持ちよさに声を漏らしながらも仕事をひとつ終えた達成感に浸っていた。  そして椅子から立ち上がるとキッチンへ。そこにはコーヒーを淹れていた女性がいた。僕の存在に気が付いた彼女はコーヒーを淹れたカップを持ち上げながら僕を見る。 「仕事終わったの?」  彼女は何度目かのフランス旅行で出会った女性。そして今は僕の奥さんだ。 「うん。終わったよ」 「あなたも飲む?」  彼女は持っていたコーヒーカップを指差す。 「もらおうかな」 「今淹れるからソファで待ってて。あっ、それとこれも持って行って」  僕は彼女のカップを受け取りソファに向かった。そして遅れてきた彼女は僕のすぐ隣に座った。 「はい」 「ありがと。はい」 「ありがと」  カップを交換すると僕たちは同時にひとくち。そしてふぅーと幸せのため息を零した。  僕の人生は完璧とは言えないけど今は幸せだ。世界を知って僕の人生は大きく変わったと思う。それを教えてくれた知るチャンスをくれたおじさんには感謝の気持ちしかない。出来ることならもう一度会ってお礼を言いたい。だけどおじさんとはあの手紙以来連絡も取ってなければ会ってもいない。おじさんは今どこで何をしているのだろうか? 「ねぇ、聞いてる?」 「え? あっ、ごめん。何?」 「だから、今度の休みに……」 【すると、住宅街にある普通の一軒家、ワインダー家の前に一台の車が止まった。そして黒塗りの高級感溢れここら辺では少し浮いたその車のドアがゆっくりと開く。中から降りてきたのは、ハット帽にサングラス、スーツにベスト、そしてコートを着こなした若いとは言い難い男だった 「ここか。それにして随分と久しぶりだ。覚えているだろうか」  男はそう呟くと黒人の男共にドアへ向け足を進めた。         】
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