第三話 甘辛みたらしだんご

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 三年つき合った彼女とケンカした。  きっかけは、おやつのみたらしだんごだった。 「将也(しょうや)くん、みたらしだんご買ってきたの。一緒に食べようよ」 「お、おう。聡美(さとみ)ありがとな」  ひきつった笑顔になっているだろう顔に手をあてがい、どうにか表情をごまかす。 「将也くん、みたらしだんご好きだもんね。わたしも同じ。みたらしだんご、だーいすき」  俺のアパートまで走ってきたのか、聡美の息は乱れ、頬が桃色に染まっている。それでも嬉しそうに笑う聡美が可愛かった。  恋人の聡美は、みたらしだんごが好きだという。  東京の下町で生まれ、東京で育ったと聞いている聡美は、都会で育った子とは思えないほど素朴で愛らしい女性だった。流行りの服やブランド品を好まず、清楚で質の良い服だけを大切に着る人だ。  笑顔が何より美しいと思う彼女と出会ったのは、友人同士との飲み会だった。友人たちと楽しそう語らう愛らしい笑顔に惹かれ、声をかけたのが始まりだ。  自分と同じように地方出身だと思っていたのに、聡美は東京育ちと聞いて驚いた。  明るくて優しい聡美のことを好きになるのに、それほど時間はかからなかった。 「わたしは東京育ちだよ。将也くんは?」 「俺? 俺は愛知県出身」 「ああ、名古屋ね」 「うん。ちょっと違うけど、そんなところかな」 「名古屋の人ってことは、やっぱりあんこが好きなの? 小倉トーストが有名なんでしょ?」 「小倉トースト……。俺はあんまり好きじゃなかったけど、周囲は好きな奴が多かったな」  小倉トーストというのは、トーストした食パンにマーガリンやバターをしっかり塗り、小倉あんをたっぷりと乗せたパンのことだ。こってり甘めのトーストだが、愛知県の喫茶店ではモーニングサービスとして朝から提供されることが多い。  ちなみにモーニングサービスというのは、朝の時間帯に飲み物を注文すれば、トーストやゆで卵などが無料や格安で提供されるサービスのことだ。  小倉トーストを愛してやまない人たちは朝昼関係なく小倉トーストを注文するし、なんなら家でも自分で作って食べる。  生まれ育った地域では好んで食べる人が多かったが、甘いものが得意ではない俺はあまり好きではなかった。トーストもシンプルにマーガリンのみが一番うまいと思う。  しかし人の好みをとやかく言うつもりはない。だから愛知県で暮らしていても、「小倉トーストも小倉あんも、好きではないです」などと無粋なことは一切言わなかった。
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